スポーツ

2017年8月 9日 (水)

軽くなる一方の韓国マラソンの存在感

 今から25年前の199289日、バルセロナ五輪の男子マラソンは、韓国の黄永祚と日本の森下広一が、「心臓破りの丘」と呼ばれたモンジュイックの坂道で激しい優勝争いを繰り広げ、黄永祚が勝ち優勝した。マラソンの歴史に残る名勝負であり、この当時、日本と韓国のマラソンは、世界をリードしていた。

 ただひたすら前を見て走る黄の姿は、鬼気迫るものがあった。当時の心境を黄に聞いたことがあるが、「どんなレースでも死ぬ気で走っています。健康のために走るのではない。一つの戦場です。一等は一つしかない。そのためには、死ぬ覚悟で走らなければならないのです」と、語っていた。

 まだハングリーという言葉が生きている、最後の時代だったと思う。黄の金メダルは、韓国の国民を勇気づけた。

 現在ロンドンで開催されている世界陸上の男子マラソンでは、日本も韓国も不振であった。

 それでも日本は川内優輝が9位、中本健太郎が10位、井上大仁が26位であった。韓国の3選手の成績は、59位、64位、65位で、完走が71人なので、完走したことを良しとしなければならない成績だ。

 女子も日本は清田真央が16位、安藤友香が17位、重友梨佐が27位で、韓国の3選手は、34位、38位、54位だった。ちなみに北朝鮮のキム・ヒギョンは日本勢より上位の15位に入っている。

 リオ五輪の男子マラソンで韓国は、カンボジア代表として出場した猫ひろしと最下位争いを繰り広げ、問題になった。今回に関しては、韓国のメディアもマラソンをほとんど報じない状況にある。

 韓国でマラソンは、特別な存在である。日本の植民地支配下にあった1936年のベルリン五輪のマラソンでは、日本選手団の一員として出場した孫基禎が金メダル、南昇龍が銅メダルを獲得した。それは朝鮮半島の人たちにとっては、民族の快挙であったが、と同時に、植民地支配の悲哀を感じさせるものだった。

 そのため韓国でマラソンは、「民族の魂を受け継ぐ競技」とか、「歴史の痛みを物語る競技」などと言われてきた。バルセロナ五輪の英雄・黄永祚も、そうした話に刺激を受けて、マラソンを始めている。

 1947年のボストンマラソンでは、徐潤福が優勝、朝鮮戦争勃発直前の1950年の同大会では、韓国人選手が1、2、3位を独占している。大韓民国として政権が樹立されて間もない韓国の存在を、いち早く世界に広めたのもマラソンであった。

 朝鮮戦争後、韓国のマラソンは長期の不振に陥るが、1988年のソウル五輪に向けての強化が、4年遅れで実を結び、黄永祚の金メダルにつながった。

 黄永祚の後は李鳳柱が受け継ぎ、1996年のアトランタ五輪では銀メダルを獲得したが、その後が続かなかった。

 韓国では健康のための市民マラソンの人気は高まっている。しかし黄永祚の言葉にもあるように、健康のために走る市民マラソンと、競技のマラソンは、はっきりと区別される。

 一昔前なら、競技団体や企業、国などの支援不足が問題になっただろうが、「公務員ランナー」の川内優輝の活躍は、そうした言い訳の余地を与えない。

 もっとも川内の場合、学生時代は箱根駅伝を走った経験のあるアスリートなので、韓国ではまず誕生しえない存在である。

 ソウル国際マラソン(東亜マラソン)などでは、外国人選手の順位と、韓国内の選手は別々に掲載され、報道の内容をみても、大会の優勝記録で、記録を出しやすいマラソンコースの優秀さを誇る記事が目立ち、韓国選手の結果には、それほどこだわっているようには思えない。

 韓国では日本以上に結果が全てであり、サッカーや野球などの国際試合で負けると、バッシングを受ける。それでもバッシングを受けるうちは良いが、無視されるようだと、事態は深刻だ。

 今回の世界陸上において韓国で最も注目されているのが、男子100メートルの金国栄だ。20106月、31年間破られなかった韓国記録を更新し、今年に入り、記録は1007まで短縮された。今回の大会では、韓国では初となる準決勝進出を果たした。

 ただし金国栄にしても、国内に競争相手がおらず、孤独のレースを繰り広げている。韓国は世界陸上のトラック種目で、決勝に進んだ選手はいない。

 6年前大邱で世界陸上が開催されたが、ボルトのフライング以外、ほとんど忘れられようとしている。

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7月は高校野球の東西東京大会の取材に追われた。今年は早稲田実の清宮人気もあり、例年とはかなり様相が異なった。

3年後の同じ時期に東京で五輪が開催される。夏の暑さには慣れているはずの高校球児すら、熱中症で足が吊ったりする選手が多かった。暑さもさることながら、湿度、蒸し暑さも特別だ。選手やスタッフはもちろん、観客にも、ボランティアにも、報道陣にも過酷な大会になりそうだ。マラソンのコースを周回コースにして、コースの徹底した低温化を図るなど、シティセールスのメリットが軽減しても、あらゆる対策を講じる必要があると思うのだが。

 

2017年7月 6日 (木)

成果は如何に、韓国の高校生投手酷使対策

 この週末から首都圏をはじめ、各地で甲子園を目指して地方大会が開幕し、今年も高校野球の夏が本格的に始まる。

 高校野球で常に問題になるのは、投手の酷使だ。力のある投手が故障で力を発揮できず敗れたり、プロや大学で故障により野球を辞めたりするケースを数多く見てきた。

 日本高校野球連盟などでは、公式戦では理学療法士が待機し、試合後投手の肩肘のケアをサポートしている。まだ正式決定はされていないが、来年のセンバツからは、延長タイブレーク制が導入される可能性が高い。

 では韓国ではどうなのか。韓国では日本以上に、若手投手の故障が深刻だ。以前も書いたが、高校生の時に注目された投手が、故障で投げられず、なかなか若手投手が出てこない。そのことが、近年の韓国プロ野球の打高投低現象の要因になっている。

 そのため2014年からは、高校野球の公式戦では、投手が1日に試合で投じる球数は、130に制限された。130を超えるとカウントの途中でも交代する。そして130球を投げると、3日間は投手として試合に出ることができない。ただし、ノーヒットノーランや完全試合の記録がかかっている時は、安打を打たれるまで、続投することができる。

 さらにプロ野球機構であるKBO(韓国野球委員会)と大韓野球・ソフトボール協会は専門家チームを設け、対策を引き続き練っている。両団体は619日に公聴会を開き、1日の投球数を105に制限、投球数による投球禁止期間のガイドラインの制定、酷寒期(12月から翌年2月中旬)の練習試合の禁止、などの案が提示された。

 冬季の練習試合は、日本では禁止されている。韓国の場合、北海道や東北、山間部の地域などを除けば、日本より寒いので、なおさらである。

 とはいえ、韓国では3月下旬から公式戦が始まる。3月下旬だと、昼でも10度以下という日がざらにある。10度以下の状況の公式戦に投げようと思えば、氷点下の状況で投球し、準備しないと間に合わない。それが、韓国の投手が肘を痛める理由の一つだと、ある韓国プロ野球の指導者から聞いたことがある。

 韓国の高校チームは、一番多いところで部員が65人。少ないところだと16人しかいない。球数制限が厳しいと、試合にならないという反対意見も少なくない。

 日本でも球数制限の話をする人もいるが、やはり部員数が少ないところだと無理だという意見に加え、プロで野球をしようとしている人は、高校球児の中のごく一部で、高校で野球を辞める人も少なくない。そのため球数制限は、日本の状況に合わないという声が多い。

 一方韓国では、全体のチーム数が近年増加しているとはいえ73チーム。登録部員は2764人で、基本的にプロもしくは、大学でも野球を続けることを前提にしている。そのため、監督が投手を酷使すると、人権問題とみなされることもある。

 韓国では近隣地域のチーム同士による週末リーグに加え、全国大会が、韓国の国体である全国体育大会を含め6もある。日本の場合は夏の大会が最高権威の大会であることははっきりしているが、韓国の場合はどの大会が、権威があるかは、はっきりしない。ただ全国大会の成績で大学のスポーツ特待生の権利を得ることができるので、結果を残すまでは、多少無理せざるを得ない傾向がある。

 もっとも、球数さえ制限すれば、故障がなくなるかといえば、そう単純ではない。

 東京の関東一に高橋晴という、プロも注目する大型投手がある。彼は高校入学後も成長期が続いたため、米澤貴光監督は、負荷のかかるトレーニングを制限したり、投球もずっと我慢させたりしてきた。成長期の子供には、成長に見合ったトレーニングや投球制限が必要である。また投球前の準備と投球後のケアも重要である。

 韓国の場合、6月に各プロ球団の本拠地地域の高校生(出身者)を1人優先指名するのに続き、8月半ばにドラフト会議が開かれる。

 プロに指名された選手に対してはプロ球団から高校側に、できるだけ投げさせないように要求されることがある。そのため、U18のアジアや世界選手権では、重要な試合で力のある3年生でなく、2年生が投げることが多い。

 それにより高校の大事な時期に、十分な実戦経験を積めないこともある。さらに投げ過ぎは問題だが、投げることによって得られることもある。

 いずれにしても韓国球界は、高校生投手の球数制限の動きを本格化させている。日本と韓国では環境に違いがあるものの、その成果がどう出るのか、あるいは出ないのか、日本でも十分参考になるのではないか。

78日から始まる高校野球の東西東京大会の取材のため、ブログはしばらく休みます。

 

 

2017年6月30日 (金)

スポーツは置いてきぼりの平昌五輪

 今週も平昌五輪と北朝鮮の問題について書きたい。

 2010年の冬季五輪の韓国内候補地を巡っては、1997年に冬季ユニバーシアードを開催した全羅北道・茂朱と、1999年に冬季アジア大会を開催した江原道・平昌の争いになった。結局平昌が国内候補地になり、2度の落選を経て、2018年の大会の招致に成功した。平昌が茂朱を破った背景には、平昌は北朝鮮に近く、北朝鮮との交流の期待があった。国内候補地争いに敗れた茂朱は、国技・テコンドーの殿堂であるテコンドー園の建設候補地に選ばれ、テコンドー園は3年前に完成した。

 624日にテコンドー園でテコンドーの世界選手権が開幕した。しかし、話題の中心はテコンドーではなく、平昌五輪であり、北朝鮮であった。別の見方をすれば、平昌五輪の北朝鮮絡みの話があるゆえに、テコンドーの世界選手権が注目されたとも言える。

 開幕式で文在寅大統領は、「1991年に初めて南北単一チームを構成し、最高の成績を収めた世界卓球選手権と世界ユースサッカーの栄光をもう一度見たい」「南北選手団が同時に入場し世界の人たちから拍手喝采を受けた2000年シドニー五輪の感動をもう一度感じてみたい」「平昌五輪に北韓応援団も参加し、南北和解の転機になればいい」などと発言した。

 これに対して、開幕式に出席していた北朝鮮の張雄IOC委員は、東亜日報系のCATV局であるチャンネルAのインタビューで、「政治的環境を解決しなければなりません。政治はいつもスポーツの上にあります」と答えている。話の良し悪しはともかく、北朝鮮の立場ならそうであろうという発言だ。

 さらに張雄委員は、韓国側から提起されている共同開催や、女子アイスホッケーの南北単一チームについて、「私はオリンピックの専門家ですが、既にもう遅いです。共同開催というのは言うのは簡単だけど、実務的問題が簡単ではありません。アイスホッケーなどを単一チームにする問題もそうです。千葉の卓球世界選手権の時、会談は22回でした。5、6カ月かかりました」と語っている。

 これは実務者の立場からすれば、当然の意見である。韓国側の実務者に聞いても、同じことを言うであろう。つまり、文在寅大統領の発言にしても、先週書いたスポーツの所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官の話にしても、スポーツ界の意見を聞いているとは思えない。政府が現場を顧みず、自らの希望を語っているという感じだ。

 また所轄官庁は、文化体育観光部という名前こそ残ったものの、スポーツ系より文科系の意向が強いようだ。都長官も詩人である。1993年に体育青少年部(旧体育部)と文化部が合体して文化体育部になって以降、この省庁ではスポーツ系と文科系の綱引きがしばしばあった。

 思想は個人個人で違うし、必ずしも当てはまらないケースもあるが、スポーツ系は右派政権、文科系は左派政権に近い傾向がある。韓国のエリートスポーツの制度を作ったのは、朴正熙政権と全斗煥政権である。左派の金大中が政権に就くと、スポーツ関連の支援は削られ、文化に力を入れるようになった。そのことが、韓流を起こす契機になったという側面もある。

 それでなくても、崔順実ゲートに巻き込まれたことで、スポーツ界の発言力が弱まっているところに、左派政権の誕生で、スポーツ界は置いてきぼりのまま、平昌五輪の準備が進んでいく感じだ。もっとも、それ以前もスポーツ界からの発言は、あまり聞こえてこなかったが……。

 スポーツ大会としての具体的なイメージがないまま、政治家の理想論だけが聞こえてくる。応援団にしても、冬季五輪では活動の場は多くない。

 北朝鮮の応援団といえば、演奏に合わせて、歌い踊り、「我々は一つだ」など、スローガンを叫ぶといったスタイルだ。けれども、現在出場権を得るのが有力視されているフィギュアスケートのペアの競技で、そうした応援ができるのは、製氷時間くらいだ。

 2003年の大邱ユニバーシアードの飛び込み競技では、「北の応援団、静かにしてください」という場内アナウンスがあり、北朝鮮の応援リーダーが憮然としたということがあった。冬季五輪でも、似たようなことになる。

 事実上、開閉会式のために作られるオリンピックスタジアムで、公演をすることもあるだろう。しかし、そうなると公演料を求められるはずで、北朝鮮にそうしたお金を支払うことは、今の国際情勢では、認められないだろう。

 平昌五輪を通して南北交流を図るにしても、現実をしっかり見据えないといけない時期だ。ただキム・ヨナの引退により冬季スポーツで国民的なスターがいない状況では、話題作りは今のところ、南北絡みの話くらいしかないのも、一方の現実である。

 

 

2017年6月23日 (金)

既にタイムオーバーのはずの平昌五輪南北共催論

 620日、平昌五輪をはじめとするスポーツ行政の所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官が平昌五輪の組織委員会を訪問し、平昌五輪において北朝鮮の馬息嶺スキー場を活用する、女子アイスホッケーで南北単一チームを結成する、聖火を北朝鮮の開城、平壌を通過することなどを検討しているといった発言をし、波紋を広げている。

 622日付の『産経新聞』はこの動きを1面トップで報道。「韓国の文在寅政権が平昌五輪で検討する一部競技の北朝鮮開催が実現すれば、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の金正恩政権を外貨で潤すことになり、対北制裁を強める国際社会の足並みを乱す恐れがある」との懸念を示している。

 こうした政治的な側面は置いておくとしても、大会を約230日後に控えた現段階で、責任ある立場の人にそうした発言をされても困る、というのが、準備にあたる人の本音ではないか。

 2011年に大会の招致に成功した後、スキー・滑降競技の会場である加里王山が、朝鮮王朝時代から守られてきた自然保護林であるとして、環境団体などから強い反対にあった。北朝鮮が2013年に完成させた馬息嶺スキー場が、滑降競技の国際規格に合うように造成されれば、少なくとも、スポーツ競技の面からは好都合だったのかもしれない。

 しかし平昌五輪の競技施設はほぼ完成し、テストイベントも行われた。売れ行き不調とはいえ、チケットも発売されている。時期的にみれば、共催、または分催の話はもうタイムオーバーだろう。

 それでもこうした話が出る背景として、南北の融和政策を模索する文政権であるが、北朝鮮の核・ミサイル問題などが国際的な非難を浴びる中、思うようにいかない。その点スポーツは、現実はともかく、政治とは別という原則があるため、突破口になり得る。

 また盛り上がりを欠く平昌五輪への関心を高めるためにも、北朝鮮は重要だ。2002年、サッカーW杯のすぐ後に開催され関心が低かった釜山アジア大会が、美女軍団と呼ばれる応援団を含めて北朝鮮が参加したとたん、大いに盛り上がったという例もある。

 韓国における対北朝鮮感情は、2002年当時とはかなり異なっているが、当時と同じ左派政権としては、北朝鮮カードに期待する部分は大きいのだろう。

 24日から全羅北道の茂朱で開催されるテコンドーの世界選手権に合わせて訪韓する予定のIOCのバッハ会長や、北朝鮮の張雄IOC委員にも働きかける模様だ。彼らがどういう反応を示すか分からない。

 ただバッハ会長などは、朝鮮半島の平和という側面には好感を示すことがあっても、現実に開催することの困難さを考えれば、否定するか、二の足を踏むだろう。2002年のW杯の時も、似たようなことがあった。

 アイスホッケーの単一チームに関しては、ユニットごと選手を替えるという競技の特性上、他の球技よりは合同チームは組みやすいのかもしれない。しかし、南北合同選手団を結成するというのならともかく、女子のアイスホッケーだけ合同チームというのは、やはりおかしい。

 そうした中で、聖火の北朝鮮通過というのは簡単ではないが、不可能ではない。聖火リレーの日程、コースは既に決まっているが、韓国と北朝鮮の話し合いで変更はできると思う。1988年のソウル五輪も、聖火リレーの北朝鮮通過は、大きなテーマであった。結局は実現せず、聖火は軍事境界線の近くを通ることにとどめた。今回も、可能性はあっても、すんなりとは決まらないだろう。

 それでも、北朝鮮の選手団はよほどのことがない限り、参加するだろう。ただ現段階で出場資格を得ている競技種目がない以上は、参加人数は限られている。したがって、応援団が来ることもないに違いない。

 北朝鮮のスポーツ選手は、政治的な使命から逃れることはできない。それでもスポーツを通して、人と人が交流することは意味がある。ただ五輪などの国際的なスポーツ大会においては、前提条件がある。

 五輪に参加する選手たちは、かなり前から五輪に向けて練習や調整をする。朝鮮半島の南北交流は大切だが、大会のために準備してきた、世界各国のアスリートを混乱させたり、影響を及ぼしたりすることは、開催国として避けなければならない。

 一般市民の発言ならばともかく、責任ある立場の人は、その点は留意して発言してほしい。

 

 

 

2017年6月15日 (木)

早くも観客動員論が出ている平昌五輪と誕生1カ月の文政権

 平昌五輪の開幕まで8カ月足らずとなり、チケットも第1次販売が終わったが、韓国の金メダルが期待されるスピードスケートのショートトラックなど、一部の競技を除けば、チケットの売れ行きは悪いようだ。これは予想通りではある。しかし66日の韓国KBSのニュースをみて、もうそんな話が出ているのかと、少々驚いた。

 ニュースの内容は、ざっと次の通り。チケットの売れ行き不振を受け、大会組織委員会は、チケットが売れ残った場合、生徒や地域住民に入場券を提供する、いわゆる動員を検討している。しかしそうすると、既に購入した人が損することになり、公平性の議論も起きている、といったニュースである。

 これから2次販売もあるというのに、早くもタダ券を配るという話である。

 現実問題として、観客動員は避けられないだろう。平昌五輪よりもはるかに盛り上がっていた2002年のサッカーW杯ですら、韓国戦以外は空席が目につき、昼間の試合では、学校単位で動員をかけていた。子供たちに声をかけると、「タダなんですよ」と、嬉しそうに話していたのが、印象に残っている。

 韓国で開催され、先日幕を閉じたU20サッカーW杯も、韓国が決勝トーナメントの1回戦で敗れたため、ニュース映像をみる限り、スタンドには空席が目立っていた。

 平昌五輪の場合、盛り上がりに欠けていることはもちろんであるが、加えて、宿泊施設の不足の問題もある。ホテルだけでなく、ラブホテルや民泊などを含めても、絶対数が足りない。高速鉄道のKTXが開通すれば、ソウルとは1時間の距離になるので、ソウルから日帰りという人も多いだろう。学校や公共施設を開放して、宿がない人に、多少不自由でも、寒さはしのげて、横にはなれるくらい施設は用意しておいた方がいいのかもしれない。

 これから夏が終わり、寒くなれば、五輪ムードも少しは高まるかもしれない。ただ、そうした人たちも、チケット無料配布の話を聞けば、購買意欲は損なわれるだろう。でもそうした買い手は期待できないほど、平昌五輪は盛り上がりを欠いているということなのか。

 なお、文在寅政権が誕生して1カ月になる。文大統領は大会成功のため、政府が積極的に関わっていくよう指示している。12日には国際サッカー連盟のインファンティノ会長に、2030年のW杯を韓国を含め、日本、中国、北朝鮮の共同開催案を提案するなど、実現の可能性はかなり疑問だが、スポーツ大会に積極的な姿勢をみせている。

 けれども、実働部隊となるスポーツの所轄官庁の文化体育観光部はまだ落ち着かない。

 朴槿恵政権下でスポーツを巻き込んでの崔順実の不正に中心的な役を果たし、「スポーツ界の大統領」と呼ばれていた金鍾文化体育観光部第2次官の後任に、ノ・テガンが任命された。

 20135月、乗馬の韓国選手権で崔順実の娘チョン・ユラを2位にしたことに崔順実が猛抗議。大韓乗馬協会と崔順実側が対立した時、当時文化体育観光部の体育局長であったノ・テガンが調査に入り、双方に問題があるという結論を出した。これに朴槿恵大統領(当時)が激怒し、「本当に悪い人だ」と、ノ・テガンを公職から追放した。これが韓国社会を揺るがした崔順実ゲートの出発点になった。

 ノ・テガンが文化体育観光部のスポーツ担当次官である第2次官に任命されたということは、4年前の状態に戻ったともいえる。

 とはいえ、平昌五輪も、スポーツ行政も、4年前とは情勢が変わっている。さらに文化体育観光部は崔順実ゲートの震源地だけに、事情はどうであれ、現在の職員の中に何らかの形で加担した人も少なくない。今後末端の人事などで一波乱ありそうな気配だ。

 文化体育観光部が約2カ月前に行った世論調査では、平昌五輪に関心があると答えた人は、わずか35.6%だった。高まらない国民の関心に、落ち着かないスポーツ行政の足元。

 東京五輪も懸念材料が多いが、平昌五輪は開幕までの時間が少ないだけに、より深刻だ。

 

 

2017年6月 7日 (水)

テニスでも新たな日韓ライバル物語が始まるか?

 男女を問わずバレーボールの日韓戦は、強烈なスパイクの打ち合いになる欧米のチームの試合と異なり、拾い合いのレシーブ合戦になることが多い。種目が違っても、ネットを挟む競技は、似たような傾向になるのか。錦織圭と鄭現の一戦は、激しい粘り合いの試合になった。

 鄭現は、「テニスの神童」として、韓国ではかなり前から知られていた。最近は随分たくましくなった感じがするが、初めてメディアに取り上げられたころは、やせた体に眼鏡が印象的だった。外見はテニスプレーヤーらしくないため、むしろ目立っていた。2013年にウィンブルドンのジュニアのシングルで準優勝したことで、期待が一気に高まっていた。

 今回全仏オープンで3回戦の相手が錦織圭に決まった時、韓国のメディアは、「運命の韓日戦」と騒ぎ、ポータルサイトの検索ランキングでは、錦織圭の名が上位にランキングされた。

 とはいえ、錦織の世界ランクは9位。鄭現は67位と、歴然とした差がある。日韓対決といえども、韓国は騒ぎ過ぎのような気がした。

 第1、第2セットは鄭現の粘りに錦織は苦戦を強いられたものの、しっかりものにした。しかし、第3セットはタイブレークの末に鄭現が取ると、流れは完全に鄭現に傾いた。

 第4セットは鄭現がリードする展開に、錦織はイライラが募り、ラケットを地面に叩きつける場面もあった。錦織危うしの状況で雨が降り出し、試合は中断し、翌日に持ち越された。

 再開された試合では、フルセットに持ち込まれたものの、フルセットには慣れている錦織が落ち着いて試合をし、勝利をものにした。それでも試合後錦織が「雨がなければ100%負けていた」と語るように、雨に助けられた勝利だった。65日付の韓国の東亜日報は、「よくやった鄭現 雨が薄情だ(憎い)」と、演歌の歌詞のような見出しを掲げたが、気持ちは分かる。

 鄭現が注目されているといっても、韓国ではテニスはマイナースポーツだ。そんな韓国のテニスの扉を開いたのは、2007年に世界ランクが36位になった李亨澤だった。李亨澤は2014年の仁川アジア大会で、アスリート出身では聖火の最終走者として、聖火台につながるスタジアムの階段を上った。その時、テレビ中継のアナウンサーが、練習する場所がなく、水を抜いたプールで練習をしたという逸話を紹介していた。そうした韓国テニスのパイオニアである李亨澤が2009年に引退した後台頭してきたのが、鄭現であった。

 今回、錦織に善戦したことで、鄭現の韓国での知名度は一層高まったが、同時に錦織の存在も韓国でより有名になった。

 歴史的に様々な問題があり、国民感情も複雑である日本と韓国の試合は、歪んだナショナリズムと介在すると、見たくないトラブルが起きることもある。

 それでも日韓戦は関心が高いだけに、双方のスポーツ界にとって競技の活性化のまたとないチャンスでもある。また反日のイメージが強い韓国であるが、サッカーの中田英寿、野球のイチローら、世界で活躍する日本選手のファンや敬意を持っている人も少なくない。キム・ヨナの存在があるため大きな声で言えなくても、「浅田真央のファンです」と言う韓国人もいる。

 鄭現の場合まだまだではあるが、今後順位を上げていけば、韓国のテニス人気も高まるだろう。そこに錦織の存在は、さらに関心を高める要素になるし、それは日本にも影響を及ぼすことになるだろう。

 錦織が27歳であるのに対して鄭現は21歳。それだけ鄭現の伸びしろは大きい。しかし韓国では様々な競技種目において、20歳前後までは有望視されていても、そこから先で伸び悩む選手が多い。2日かがりで繰り広げられた錦織と鄭現の一戦が、日韓の新たなライバル物語の始まりになるかどうかは、鄭現の成長にかかっている。

 

 

2017年4月27日 (木)

チョン・ユラ問題の余波に揺れる韓国の大学スポーツ

 大統領選挙が終わり、朴槿恵前大統領の裁判が始まるまでは、一連のスキャンダルの追及は、小休止といったところだ。しかし、このスキャンダルの余波で、大学のスポーツは大きく揺れている。

 朴槿恵、崔順実ゲートで韓国の若者たちを怒らせたのは、崔順実の娘のチャン・ユラの梨花女子大へのスポーツ特待生としての不正入学問題であった。権力を背景に、大学幹部も絡んだ露骨な不正は、怒りを買うに十分ではあった。

 けれども、スポーツ特待生に関しては以前から不正が横行しており、大学の運動部の監督らが、収賄容疑で逮捕されることも、珍しいことではない。真偽不明の話もあるが、トップ選手を入学させるために、レベルの下がる選手もセットで入学させることもよくあるといった話も聞いたことがある。

 チョン・ユラの問題を契機に、スポーツ特待生に絡む不正に世間の目が厳しくなる中、教育部(省)が昨年の1226日から今年の226日まで、スポーツ特待生の規模が100人以上である17の大学を調査したところ、調査した全ての大学で不正が発覚し、不正に関与した教授・講師は448人、学生は332人だった。

 違反行為としては、授業に欠席した学生に対する課題の代理提出、出席数の足りない学生に対する単位の付与などがある。

 また高麗大学、延世大学、漢陽大学、成均館大学では、学業不振で警告を3回以上受けた学生は退学処分を受けることになっているが、そうした措置を取らず卒業させていたケースが、1996年から2006年まで、394人に達していた。

 教育部の調査とは別に、KUSF(韓国大学スポーツ総長協議会)では、成績が一定基準を満たしていない学生は、大会などの出場を禁止している。

 これまで大目に見られていた部分もあったが、チョン・ユラの問題が社会的な関心を呼んでから、成績管理が厳しくなった。そのためこの春、延世大学が大学サッカーのリーグ戦であるUリーグの参加を辞退した。28人中14人が基準の成績を満たしておらず、そのうえ、韓国で開催されるU20のワールドカップに選手を出さなければならず、リーグ戦参加が不可能だという理由だ。延世大学は、校名が延禧専門だった時代から、韓国サッカーの歴史を作ってきた名門チームであった。その延世大学すら、チョン・ユラ問題の余波から逃れることはできなかった。

 スポーツの強豪校といえども、学業を優先すべきとの姿勢は、日本でも同じだ。私が明治大に通っていた頃は、強豪チームに属する体育会の学生は、あまり授業に出なかった。時おり配られる出席カードは、授業によっていくつか色が違うが、全ての色を集め、代筆するのもマネージャーの仕事の一つだった、という話を聞いたことがある。今は出欠の管理が厳しくなり、そうしたズルい行為はできなくなっているようだ。練習も早朝や夕方など、できるだけ授業に支障のない時間に行うようになっている。

 スポーツだけやっていれば大学を卒業できるという慣習は、問題が多いのは間違いない。といって、入口の部分では、スポーツさえできていれば良しとしていたのに、入ってから厳しくなるのも、酷ではある。

 特に韓国の場合、以前は、高校の運動部の生徒はほとんど授業に出なかった。近年では授業に出ることを義務付けているものの、受験競争が日本以上に厳しく、運動部の生徒と、勉強だけをしている生徒は完全に2分されている。

 勉強だけをしている生徒にすれば、大会出場のため授業に出ないことも少なくなく、放課後に行われる補習や自主学習に出てこない運動部の生徒に対して、ネガティブな感情もあるようだ。

 韓国のスポーツが強くなった背景に、メダリストなどに対する兵役免除や生涯年金とともに、スポーツ特待生制度もあった。今その柱の一つが大きく揺れている。

 問題の根本的な解決は容易ではない。勉強との両立は小学生の段階から習慣づけなければならないし、勉強だけをしている生徒との垣根もなくしていかなければならない。そして、過渡期の混乱をいかに最小限にすることができるかが、今後の韓国スポーツの活躍のカギとなる。

 

 

2017年4月20日 (木)

韓国プロ野球を沸かす日本ゆかりの若手選手

 世代交代がなかなか進まない韓国のプロ野球であるが、今年は打者ではあるものの、久々にいきのいい若手が登場し、話題になっている。

 1人は、戦前は朝鮮人だけのチームで唯一日本の全国大会に出場実績のある、名門・徽文高校出身の李政厚(ネクセン)だ。韓国にはフランチャイズ地域の高校生(もしくはその学校の卒業生)を1人、優先指名できる制度がある。通常この制度で指名されるのは、投手が多いが、李政厚は、野手でありながら指名された。

 李政厚は3月31日の開幕戦から419日現在、全試合に出場。開幕戦は途中出場であったが、すぐにセンターのレギュラーになり、12番を任されるようになった。419日現在の成績は、63打数21安打、打率.333で、高卒新人でなくても、十分な成績だ。

 李政厚の存在は、昨夏、日本のメディアでも注目されていた。U18アジア野球選手権の韓国代表のメンバーであり、その柔らかい打撃は、韓国チームの中では、群を抜いていた。

 もっとも、李政厚が注目されたのは、その実力もさることながら、父親が、中日でもプレーした李鍾範の息子であることが大きい。しかも、李鍾範が中日でプレーしていた時期に生まれており、名古屋生まれである。

 韓国のプロ野球では、1990年代初めまで、在日韓国人の選手が多くプレーしていた。またハンファの金星根監督のように、京都出身の人もいる。しかし、細かく調べたわけではないが、優先指名を含めたドラフト指名で、日本生まれというのは、初めてだと思う。

 李政厚が生まれたのは1998年。韓国で金融経済危機があり、スポーツ選手の海外進出が進んだ時代だ。李政厚の歩みにも、当時の韓国の状況や、日本との関係も浮かび上がる。

 李政厚の父親である李鍾範が韓国のプロ野球(ヘテ〈現KIA〉)でデビューした1993年、私はソウルで留学生活を送っていた。中日では、日本野球への対応に苦しみ、ハツラツさは影を潜めていたが、デビュー当時、がむしゃらに打球を追い、守備範囲が広く、俊足・巧打のプレーは、強く印象に残っている。

 1年目から活躍した李鍾範であったが、新人王はサムスンの梁埈赫の手に渡り、受賞を逃している。果たして息子はどうか、注目される。

 李政厚とともに、開幕間もない韓国のプロ野球を沸かせているのが、入団2年目の金東燁(SK)だ。昨年143打席を記録しており、今年の新人王の資格はないものの、415日のハンファ戦から19日のネクセン戦まで4試合連続本塁打を記録中である。

 金東燁は、天安北一高校を卒業後、シカゴ・カブスの傘下球団で2012年までプレーしたが芽が出ず、帰国後公益勤務要員として兵役を終えた後、2015年のドラフトで、9巡目、その上にフランチャイズの優先指名があるから、実質的にドラフト10位でSKに入団した。

 私は8年前、天安北一高校時代の金東燁と父親の金相国に取材したことがある。2009年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で韓国は日本との死闘に敗れたものの、準優勝に輝いた。この大会で大活躍した金泰均(ハンファ)が、どのように成長したかを取材していたが、金相国は、金泰均が天安北一高校在学中の監督であり、金相国自身もピングレ(現ハンファ)などでプレーした経験がある。

 息子の金東燁も天安北一高校の中心打者であったが、私が会った時は、卒業後、シカゴ・カブスに入ることが決まっていた。そして、私が会った前の年まで、宮崎の日南学園に留学していた。日本の思い出を聞くと、「日本では、午後3時まで授業を受けるのが、不思議でした」と答えた。

 今は変わっているが、当時韓国の高校の運動部の生徒は、授業を受けず、練習や試合に没頭するのが一般的であった。

 だからこそ、父親の金相国は、日本に留学させ、アメリカの球団に入団させた。「人生は長い。成功すればいいけれども、韓国、アメリカ、日本の野球を経験するだけでも意味がある」と語っていた。金相国自身、プロ野球を辞め、高校の監督を務めたりもしたが、野球だけで食べていくのは容易でない。そのために、いろいろなことを見ておけ、ということだ。

 金東燁は高校時代、おとなしい青年というイメージだった。その後どうなったか、気にはなっていたが、最近本塁打を連発して報道されるようになり、成長した姿をみることができた。

 最近は在日の選手が韓国でプレーするのは、ほとんど不可能になってきたし、日本人選手が出現する可能性も低くなっている。それでも韓国のプロ野球には、いろいろな形で日本と関わりのある選手がいる。

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天安北一高校時代の金東燁

 

2017年4月14日 (金)

NHLの選手が参加しない平昌五輪

 4月3日、北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)は、所属選手の平昌五輪不参加を表明した。もともとその話はあったし、1月中にも結論が出るとの話だったのが4月まで延びたということは、それなりにやり取りはあったのだろうが、結論は変わらなかった。選手会はこの決定に不満を示し、強行出場の意向を持っている選手もいるようだが、契約の問題もあり、そう簡単ではないだろう。

 NHLの選手は1998年の長野五輪以降、続けて参加していたが、今回は、選手の旅費や保険料の支払い問題で折り合いがつかなかったうえ、韓国はNHLの市場拡大戦略の対象外であったことも大きいようだ。

 実際韓国でアイスホッケーはそれほど盛んでない。今回、韓国男子のアイスホッケーチームには6人の帰化選手がいるが、これはそうしないと、平昌五輪に出場できなかったからだ。国内の選手は、私学の両雄である延世大学と高麗大学の定期戦種目の中に、アイスホッケーが含まれているため、辛うじて命脈が保たれているのが実情だ。

 1996年にチャン・ドンゴン主演の「アイシング」というアイスホッケーのドラマが放送され、話題になった。しかし、同じチャン・ドンゴンが主演したバスケットボールのドラマ「最後の勝負(邦題「ファイナル・ジャンプ」)」が、社会現象にまでなり、空前のバスケットボールブームを起こしたのに比べると、影は薄い。

 そういう状況だから、NHLの選手が参加しないからといって、韓国人がそれほど残念がっている様子はない。ただし、外国人の観客の入場を期待しているだけに、影響は大きい。

 そもそも、NHLの選手が出場しないのであれば、1万人もの観客を収容する施設は必要だったのかという問題がある。

 それでなくても、人口約22万人の江陵市に、アイスホッケー場2個、フィギュアスケート・ショートトラック、スピードスケート、カーリングの各1個の、計5個のスケート場を作ること自体、過剰投資であり、負担であった。加えて、アイスホッケーのメイン会場は、NHLの選手の参加を前提に、競技場のキャパを大きくしている。

 平昌五輪に限った問題ではない。今日の五輪は、トップ選手の参加を前提に、施設の設置条件が厳しくなり、それが開催国の負担になっている。

 五輪はそろそろ、トップ選手が集まる最高峰の大会という位置づけにこだわるべきではないと思う。五輪以外に、注目を集める大会があるという競技は、無理に五輪に出る必要はないと思う。実際ワールドカップを最高峰の大会としているサッカーは、23歳以下になっている。

 NHLについては詳しくないので、下部リーグや、他のリーグとのレベルの差がどれほどあるか、よくわからない。

 ただ野球についていえば、確かにメジャーリーグが、最高峰のリーグであることは間違いない。アメリカがようやく本気になってきた今回のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、確かに面白かった。

 しかし、U18の大会を何度か取材したことがあるが、スカウトの目に留まろうと、目をギラギラさせて必死に戦っている選手たちもまた、知名度は低くても、魅力的である。

 今回のNHLの選手の不参加を契機に、五輪を最高レベル選手が集まる大会から、五輪を最高だと思う選手が集まる大会に変えていくべきではないか。そして、開催国の該当競技に対する実情を無視し、不釣り合いに立派な施設の建設も、是正すべきだと思う。

 今回のNHLの選手の不参加問題は、五輪を身の丈に合った大会にする契機にするべきだ。

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神宮外苑、20174月の風景

 学生野球シーズンが始まり、神宮外苑に行く機会が増えるようになった。新国立競技場の建設工事が本格的に始まり、静かだった神宮外苑にも、工事車両の通行が目立つようになった。

 都営住宅の隣り、旧日本青年館と、神宮第2球場の間の、カーブするところにある公園に桜の木があった。第2球場で高校野球の春季大会を取材する合間に、桜を鑑賞するのを毎年楽しみにしていたが、今年はバッサリ切られ、都営住宅や、公園もろともなくなっていた。

 神宮球場の三塁側スタンドの外側には、日本スポーツ振興センターの本部棟の建物が、威容を現した。この建物、数100㍍青山通り側であれば、それほど違和感はないだろう。しかし、神宮外苑に隣接し、隣に国学院高校や都立青山高校がある、このエリアでは、かなりの違和感だ。それに、これだけの大きさの建物だと、神宮球場の風にも影響が出るのではないか。

 加えて、神宮球場と秩父宮ラグビー場の敷地交換の話である。場所交換の理由の一つに、青山通りに近い、現在のラグビー場の位置だと、ビル風の影響を受けやすいことも挙げられている。日本スポーツ振興センターの本部棟のビル一つなら、影響は少ないかもしれないが、風の影響はあるにはあるだろう。となると、交換の意味は本当にあるのか、ますます分からない。

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昨年の4月、角地の公園の桜

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上の写真のほぼ同じ場所の今年の状況

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神宮球場に隣接した場所に立つビル




2017年3月31日 (金)

全員外国人になった韓国プロ野球の開幕投手

 3年間、海の中に沈んでいたセウォル号が引き上げられ、朴槿恵前大統領が逮捕される。韓国は時代の転換期の大きなうねりの中にいる331日、日本と同様、プロ野球開幕の日を迎える。

 プロ野球ファンにとっては待ちに待ったシーズン開幕かもしれないが、世の中が騒然とする中、盛り上がりには欠けている。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は1次ラウンドで敗退し、それでなくても気勢が上がらない。開幕戦を盛り上げる要素に、開幕投手があるが、今回、史上初めて、10球団の開幕投手が全て外国人になった。日本のプロ野球の開幕戦では外国人は3人で、残りは日本の選手になっている。

 これまで韓国のプロ野球は土曜日の昼に開幕戦が行われていたが、昨年から金曜日の夜に行われるようになった。この時期の韓国の夜は、底冷えがする寒さだ。ネクセンの本拠地である高尺スカイドームを除けば、韓国人の看板投手は、より多くの観客が見込める、デーゲームで行われる土日の試合に登板させる営業的な事情もなくはないだろう。ただし、現状をみれば、開幕投手が全員外国人というのも、妥当なところではある。

 それでも昨年は、一時DeNA移籍の話もあったKIAの梁玹種をはじめSKの金廣鉉など、韓国人投手が4人いた。KIAの開幕戦は大邱であるため、梁は光州で行われるホームの開幕戦に登板すると予想されている。一方、故障のためWBCにも出場できなかった金廣鉉は、いつ復帰できるか、分からいない状態だ。これでは、WBCで韓国が勝てなかったのも、無理からぬ気がする。

 韓国のプロ野球で外国人選手が出場できるようになったのは、1998年から。最初は日本でもプレーしたウッズ(斗山)など、圧倒的なパワーを持つ強打者を据えるケースが多かった。しかし、登録も出場も2名だけに限られていた外国人選手の能力を、最大限有効に活用するには、投手の方が効果的という考えが広がり、ここ10年以上前から、外国人選手はほとんどが投手になった。

 韓国のプロ野球は長年8球団体制であったが、4年前のNCに続き、2年前にKTが加わり、韓国のプロ野球が10球団体制になると、水準維持のため、外国人選手枠を1人増やした。ただし同じポジションは2人までとなったため、1人は必然的に野手になり、打高投低現象がより際立つようになった。その対策として、外国人投手がより重宝され、韓国人投手の立場は弱まるという循環になっている。

 2000年頃、韓国のプロ野球は、打高投低であった。当時ドジャーズで活躍していた朴賛浩に刺激され、高校や大学の有望な投手が次々とアメリカに旅立ったからだ。ところが、アメリカで活躍するのは容易でないという認識が韓国内で広がり、栁賢振(ハンファ→ドジャーズ)や金廣鉉のように、まず韓国でプロ生活を始める選手が増え、奉重根(現LG)のようなアメリカからのUターン組も出てきたことから、投手の質が上がり、投高打低になっていた。

 しかしながら、世代交代が進まず、外国人の打者が増えたことで、またも打高投低になっている。韓国のプロ野球機構であるKBO(韓国野球委員会)は、今年から、高めのストライクゾーンを広げるなど、打高投低対策に乗り出したが、成果がどれほどあるか。

 もっとも、開幕投手が全員外国人であったとしても、韓国の野球ファンがそれを受け入れ、納得して声援を送るのであれば、韓国人の意識の変化として、それはそれで興味深い。

 話は変わるが、319日、ソウル国際マラソン(東亜マラソン)が開催された。この大会を報じる『東亜日報』の320日付一面の見出しは、「“マラソン名品”5位まで2時間6分台」というものだった。

 近年、この大会を報じる東亜日報の関心は、韓国人選手の記録より、大会のトップグループの記録に集まっている。好記録が出る大会には、ハイレベルの選手が集まり、大会の価値が高まるのは確かだ。

 けれども、上位の選手はケニアなどのアフリカ勢。最初から外国人選手部門と国内選手部門に分けられている。ちなみにこの大会の国際男子1位の記録は2時間554秒、国内男子1位の記録は2時間141秒になっている。

 東亜マラソンは、ベルリン五輪金メダリストの孫基禎、アトランタ五輪銀メダリストの李鳳柱など、韓国マラソンの英雄たちが優勝した大会である。日本も厳しい状況にあるが、韓国はもっと世界との距離が広がっている。

 自国の選手の実力が伸び悩んでいる中、外国人でそれを補うというのは、スポーツに限らず、今の韓国社会を象徴しているようにも思える。成り行きを注目したい傾向だ。

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