スポーツ

2017年6月23日 (金)

既にタイムオーバーのはずの平昌五輪南北共催論

 620日、平昌五輪をはじめとするスポーツ行政の所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官が平昌五輪の組織委員会を訪問し、平昌五輪において北朝鮮の馬息嶺スキー場を活用する、女子アイスホッケーで南北単一チームを結成する、聖火を北朝鮮の開城、平壌を通過することなどを検討しているといった発言をし、波紋を広げている。

 622日付の『産経新聞』はこの動きを1面トップで報道。「韓国の文在寅政権が平昌五輪で検討する一部競技の北朝鮮開催が実現すれば、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の金正恩政権を外貨で潤すことになり、対北制裁を強める国際社会の足並みを乱す恐れがある」との懸念を示している。

 こうした政治的な側面は置いておくとしても、大会を約230日後に控えた現段階で、責任ある立場の人にそうした発言をされても困る、というのが、準備にあたる人の本音ではないか。

 2011年に大会の招致に成功した後、スキー・滑降競技の会場である加里王山が、朝鮮王朝時代から守られてきた自然保護林であるとして、環境団体などから強い反対にあった。北朝鮮が2013年に完成させた馬息嶺スキー場が、滑降競技の国際規格に合うように造成されれば、少なくとも、スポーツ競技の面からは好都合だったのかもしれない。

 しかし平昌五輪の競技施設はほぼ完成し、テストイベントも行われた。売れ行き不調とはいえ、チケットも発売されている。時期的にみれば、共催、または分催の話はもうタイムオーバーだろう。

 それでもこうした話が出る背景として、南北の融和政策を模索する文政権であるが、北朝鮮の核・ミサイル問題などが国際的な非難を浴びる中、思うようにいかない。その点スポーツは、現実はともかく、政治とは別という原則があるため、突破口になり得る。

 また盛り上がりを欠く平昌五輪への関心を高めるためにも、北朝鮮は重要だ。2002年、サッカーW杯のすぐ後に開催され関心が低かった釜山アジア大会が、美女軍団と呼ばれる応援団を含めて北朝鮮が参加したとたん、大いに盛り上がったという例もある。

 韓国における対北朝鮮感情は、2002年当時とはかなり異なっているが、当時と同じ左派政権としては、北朝鮮カードに期待する部分は大きいのだろう。

 24日から全羅北道の茂朱で開催されるテコンドーの世界選手権に合わせて訪韓する予定のIOCのバッハ会長や、北朝鮮の張雄IOC委員にも働きかける模様だ。彼らがどういう反応を示すか分からない。

 ただバッハ会長などは、朝鮮半島の平和という側面には好感を示すことがあっても、現実に開催することの困難さを考えれば、否定するか、二の足を踏むだろう。2002年のW杯の時も、似たようなことがあった。

 アイスホッケーの単一チームに関しては、ユニットごと選手を替えるという競技の特性上、他の球技よりは合同チームは組みやすいのかもしれない。しかし、南北合同選手団を結成するというのならともかく、女子のアイスホッケーだけ合同チームというのは、やはりおかしい。

 そうした中で、聖火の北朝鮮通過というのは簡単ではないが、不可能ではない。聖火リレーの日程、コースは既に決まっているが、韓国と北朝鮮の話し合いで変更はできると思う。1988年のソウル五輪も、聖火リレーの北朝鮮通過は、大きなテーマであった。結局は実現せず、聖火は軍事境界線の近くを通ることにとどめた。今回も、可能性はあっても、すんなりとは決まらないだろう。

 それでも、北朝鮮の選手団はよほどのことがない限り、参加するだろう。ただ現段階で出場資格を得ている競技種目がない以上は、参加人数は限られている。したがって、応援団が来ることもないに違いない。

 北朝鮮のスポーツ選手は、政治的な使命から逃れることはできない。それでもスポーツを通して、人と人が交流することは意味がある。ただ五輪などの国際的なスポーツ大会においては、前提条件がある。

 五輪に参加する選手たちは、かなり前から五輪に向けて練習や調整をする。朝鮮半島の南北交流は大切だが、大会のために準備してきた、世界各国のアスリートを混乱させたり、影響を及ぼしたりすることは、開催国として避けなければならない。

 一般市民の発言ならばともかく、責任ある立場の人は、その点は留意して発言してほしい。

 

 

 

2017年6月15日 (木)

早くも観客動員論が出ている平昌五輪と誕生1カ月の文政権

 平昌五輪の開幕まで8カ月足らずとなり、チケットも第1次販売が終わったが、韓国の金メダルが期待されるスピードスケートのショートトラックなど、一部の競技を除けば、チケットの売れ行きは悪いようだ。これは予想通りではある。しかし66日の韓国KBSのニュースをみて、もうそんな話が出ているのかと、少々驚いた。

 ニュースの内容は、ざっと次の通り。チケットの売れ行き不振を受け、大会組織委員会は、チケットが売れ残った場合、生徒や地域住民に入場券を提供する、いわゆる動員を検討している。しかしそうすると、既に購入した人が損することになり、公平性の議論も起きている、といったニュースである。

 これから2次販売もあるというのに、早くもタダ券を配るという話である。

 現実問題として、観客動員は避けられないだろう。平昌五輪よりもはるかに盛り上がっていた2002年のサッカーW杯ですら、韓国戦以外は空席が目につき、昼間の試合では、学校単位で動員をかけていた。子供たちに声をかけると、「タダなんですよ」と、嬉しそうに話していたのが、印象に残っている。

 韓国で開催され、先日幕を閉じたU20サッカーW杯も、韓国が決勝トーナメントの1回戦で敗れたため、ニュース映像をみる限り、スタンドには空席が目立っていた。

 平昌五輪の場合、盛り上がりに欠けていることはもちろんであるが、加えて、宿泊施設の不足の問題もある。ホテルだけでなく、ラブホテルや民泊などを含めても、絶対数が足りない。高速鉄道のKTXが開通すれば、ソウルとは1時間の距離になるので、ソウルから日帰りという人も多いだろう。学校や公共施設を開放して、宿がない人に、多少不自由でも、寒さはしのげて、横にはなれるくらい施設は用意しておいた方がいいのかもしれない。

 これから夏が終わり、寒くなれば、五輪ムードも少しは高まるかもしれない。ただ、そうした人たちも、チケット無料配布の話を聞けば、購買意欲は損なわれるだろう。でもそうした買い手は期待できないほど、平昌五輪は盛り上がりを欠いているということなのか。

 なお、文在寅政権が誕生して1カ月になる。文大統領は大会成功のため、政府が積極的に関わっていくよう指示している。12日には国際サッカー連盟のインファンティノ会長に、2030年のW杯を韓国を含め、日本、中国、北朝鮮の共同開催案を提案するなど、実現の可能性はかなり疑問だが、スポーツ大会に積極的な姿勢をみせている。

 けれども、実働部隊となるスポーツの所轄官庁の文化体育観光部はまだ落ち着かない。

 朴槿恵政権下でスポーツを巻き込んでの崔順実の不正に中心的な役を果たし、「スポーツ界の大統領」と呼ばれていた金鍾文化体育観光部第2次官の後任に、ノ・テガンが任命された。

 20135月、乗馬の韓国選手権で崔順実の娘チョン・ユラを2位にしたことに崔順実が猛抗議。大韓乗馬協会と崔順実側が対立した時、当時文化体育観光部の体育局長であったノ・テガンが調査に入り、双方に問題があるという結論を出した。これに朴槿恵大統領(当時)が激怒し、「本当に悪い人だ」と、ノ・テガンを公職から追放した。これが韓国社会を揺るがした崔順実ゲートの出発点になった。

 ノ・テガンが文化体育観光部のスポーツ担当次官である第2次官に任命されたということは、4年前の状態に戻ったともいえる。

 とはいえ、平昌五輪も、スポーツ行政も、4年前とは情勢が変わっている。さらに文化体育観光部は崔順実ゲートの震源地だけに、事情はどうであれ、現在の職員の中に何らかの形で加担した人も少なくない。今後末端の人事などで一波乱ありそうな気配だ。

 文化体育観光部が約2カ月前に行った世論調査では、平昌五輪に関心があると答えた人は、わずか35.6%だった。高まらない国民の関心に、落ち着かないスポーツ行政の足元。

 東京五輪も懸念材料が多いが、平昌五輪は開幕までの時間が少ないだけに、より深刻だ。

 

 

2017年6月 7日 (水)

テニスでも新たな日韓ライバル物語が始まるか?

 男女を問わずバレーボールの日韓戦は、強烈なスパイクの打ち合いになる欧米のチームの試合と異なり、拾い合いのレシーブ合戦になることが多い。種目が違っても、ネットを挟む競技は、似たような傾向になるのか。錦織圭と鄭現の一戦は、激しい粘り合いの試合になった。

 鄭現は、「テニスの神童」として、韓国ではかなり前から知られていた。最近は随分たくましくなった感じがするが、初めてメディアに取り上げられたころは、やせた体に眼鏡が印象的だった。外見はテニスプレーヤーらしくないため、むしろ目立っていた。2013年にウィンブルドンのジュニアのシングルで準優勝したことで、期待が一気に高まっていた。

 今回全仏オープンで3回戦の相手が錦織圭に決まった時、韓国のメディアは、「運命の韓日戦」と騒ぎ、ポータルサイトの検索ランキングでは、錦織圭の名が上位にランキングされた。

 とはいえ、錦織の世界ランクは9位。鄭現は67位と、歴然とした差がある。日韓対決といえども、韓国は騒ぎ過ぎのような気がした。

 第1、第2セットは鄭現の粘りに錦織は苦戦を強いられたものの、しっかりものにした。しかし、第3セットはタイブレークの末に鄭現が取ると、流れは完全に鄭現に傾いた。

 第4セットは鄭現がリードする展開に、錦織はイライラが募り、ラケットを地面に叩きつける場面もあった。錦織危うしの状況で雨が降り出し、試合は中断し、翌日に持ち越された。

 再開された試合では、フルセットに持ち込まれたものの、フルセットには慣れている錦織が落ち着いて試合をし、勝利をものにした。それでも試合後錦織が「雨がなければ100%負けていた」と語るように、雨に助けられた勝利だった。65日付の韓国の東亜日報は、「よくやった鄭現 雨が薄情だ(憎い)」と、演歌の歌詞のような見出しを掲げたが、気持ちは分かる。

 鄭現が注目されているといっても、韓国ではテニスはマイナースポーツだ。そんな韓国のテニスの扉を開いたのは、2007年に世界ランクが36位になった李亨澤だった。李亨澤は2014年の仁川アジア大会で、アスリート出身では聖火の最終走者として、聖火台につながるスタジアムの階段を上った。その時、テレビ中継のアナウンサーが、練習する場所がなく、水を抜いたプールで練習をしたという逸話を紹介していた。そうした韓国テニスのパイオニアである李亨澤が2009年に引退した後台頭してきたのが、鄭現であった。

 今回、錦織に善戦したことで、鄭現の韓国での知名度は一層高まったが、同時に錦織の存在も韓国でより有名になった。

 歴史的に様々な問題があり、国民感情も複雑である日本と韓国の試合は、歪んだナショナリズムと介在すると、見たくないトラブルが起きることもある。

 それでも日韓戦は関心が高いだけに、双方のスポーツ界にとって競技の活性化のまたとないチャンスでもある。また反日のイメージが強い韓国であるが、サッカーの中田英寿、野球のイチローら、世界で活躍する日本選手のファンや敬意を持っている人も少なくない。キム・ヨナの存在があるため大きな声で言えなくても、「浅田真央のファンです」と言う韓国人もいる。

 鄭現の場合まだまだではあるが、今後順位を上げていけば、韓国のテニス人気も高まるだろう。そこに錦織の存在は、さらに関心を高める要素になるし、それは日本にも影響を及ぼすことになるだろう。

 錦織が27歳であるのに対して鄭現は21歳。それだけ鄭現の伸びしろは大きい。しかし韓国では様々な競技種目において、20歳前後までは有望視されていても、そこから先で伸び悩む選手が多い。2日かがりで繰り広げられた錦織と鄭現の一戦が、日韓の新たなライバル物語の始まりになるかどうかは、鄭現の成長にかかっている。

 

 

2017年4月27日 (木)

チョン・ユラ問題の余波に揺れる韓国の大学スポーツ

 大統領選挙が終わり、朴槿恵前大統領の裁判が始まるまでは、一連のスキャンダルの追及は、小休止といったところだ。しかし、このスキャンダルの余波で、大学のスポーツは大きく揺れている。

 朴槿恵、崔順実ゲートで韓国の若者たちを怒らせたのは、崔順実の娘のチャン・ユラの梨花女子大へのスポーツ特待生としての不正入学問題であった。権力を背景に、大学幹部も絡んだ露骨な不正は、怒りを買うに十分ではあった。

 けれども、スポーツ特待生に関しては以前から不正が横行しており、大学の運動部の監督らが、収賄容疑で逮捕されることも、珍しいことではない。真偽不明の話もあるが、トップ選手を入学させるために、レベルの下がる選手もセットで入学させることもよくあるといった話も聞いたことがある。

 チョン・ユラの問題を契機に、スポーツ特待生に絡む不正に世間の目が厳しくなる中、教育部(省)が昨年の1226日から今年の226日まで、スポーツ特待生の規模が100人以上である17の大学を調査したところ、調査した全ての大学で不正が発覚し、不正に関与した教授・講師は448人、学生は332人だった。

 違反行為としては、授業に欠席した学生に対する課題の代理提出、出席数の足りない学生に対する単位の付与などがある。

 また高麗大学、延世大学、漢陽大学、成均館大学では、学業不振で警告を3回以上受けた学生は退学処分を受けることになっているが、そうした措置を取らず卒業させていたケースが、1996年から2006年まで、394人に達していた。

 教育部の調査とは別に、KUSF(韓国大学スポーツ総長協議会)では、成績が一定基準を満たしていない学生は、大会などの出場を禁止している。

 これまで大目に見られていた部分もあったが、チョン・ユラの問題が社会的な関心を呼んでから、成績管理が厳しくなった。そのためこの春、延世大学が大学サッカーのリーグ戦であるUリーグの参加を辞退した。28人中14人が基準の成績を満たしておらず、そのうえ、韓国で開催されるU20のワールドカップに選手を出さなければならず、リーグ戦参加が不可能だという理由だ。延世大学は、校名が延禧専門だった時代から、韓国サッカーの歴史を作ってきた名門チームであった。その延世大学すら、チョン・ユラ問題の余波から逃れることはできなかった。

 スポーツの強豪校といえども、学業を優先すべきとの姿勢は、日本でも同じだ。私が明治大に通っていた頃は、強豪チームに属する体育会の学生は、あまり授業に出なかった。時おり配られる出席カードは、授業によっていくつか色が違うが、全ての色を集め、代筆するのもマネージャーの仕事の一つだった、という話を聞いたことがある。今は出欠の管理が厳しくなり、そうしたズルい行為はできなくなっているようだ。練習も早朝や夕方など、できるだけ授業に支障のない時間に行うようになっている。

 スポーツだけやっていれば大学を卒業できるという慣習は、問題が多いのは間違いない。といって、入口の部分では、スポーツさえできていれば良しとしていたのに、入ってから厳しくなるのも、酷ではある。

 特に韓国の場合、以前は、高校の運動部の生徒はほとんど授業に出なかった。近年では授業に出ることを義務付けているものの、受験競争が日本以上に厳しく、運動部の生徒と、勉強だけをしている生徒は完全に2分されている。

 勉強だけをしている生徒にすれば、大会出場のため授業に出ないことも少なくなく、放課後に行われる補習や自主学習に出てこない運動部の生徒に対して、ネガティブな感情もあるようだ。

 韓国のスポーツが強くなった背景に、メダリストなどに対する兵役免除や生涯年金とともに、スポーツ特待生制度もあった。今その柱の一つが大きく揺れている。

 問題の根本的な解決は容易ではない。勉強との両立は小学生の段階から習慣づけなければならないし、勉強だけをしている生徒との垣根もなくしていかなければならない。そして、過渡期の混乱をいかに最小限にすることができるかが、今後の韓国スポーツの活躍のカギとなる。

 

 

2017年4月20日 (木)

韓国プロ野球を沸かす日本ゆかりの若手選手

 世代交代がなかなか進まない韓国のプロ野球であるが、今年は打者ではあるものの、久々にいきのいい若手が登場し、話題になっている。

 1人は、戦前は朝鮮人だけのチームで唯一日本の全国大会に出場実績のある、名門・徽文高校出身の李政厚(ネクセン)だ。韓国にはフランチャイズ地域の高校生(もしくはその学校の卒業生)を1人、優先指名できる制度がある。通常この制度で指名されるのは、投手が多いが、李政厚は、野手でありながら指名された。

 李政厚は3月31日の開幕戦から419日現在、全試合に出場。開幕戦は途中出場であったが、すぐにセンターのレギュラーになり、12番を任されるようになった。419日現在の成績は、63打数21安打、打率.333で、高卒新人でなくても、十分な成績だ。

 李政厚の存在は、昨夏、日本のメディアでも注目されていた。U18アジア野球選手権の韓国代表のメンバーであり、その柔らかい打撃は、韓国チームの中では、群を抜いていた。

 もっとも、李政厚が注目されたのは、その実力もさることながら、父親が、中日でもプレーした李鍾範の息子であることが大きい。しかも、李鍾範が中日でプレーしていた時期に生まれており、名古屋生まれである。

 韓国のプロ野球では、1990年代初めまで、在日韓国人の選手が多くプレーしていた。またハンファの金星根監督のように、京都出身の人もいる。しかし、細かく調べたわけではないが、優先指名を含めたドラフト指名で、日本生まれというのは、初めてだと思う。

 李政厚が生まれたのは1998年。韓国で金融経済危機があり、スポーツ選手の海外進出が進んだ時代だ。李政厚の歩みにも、当時の韓国の状況や、日本との関係も浮かび上がる。

 李政厚の父親である李鍾範が韓国のプロ野球(ヘテ〈現KIA〉)でデビューした1993年、私はソウルで留学生活を送っていた。中日では、日本野球への対応に苦しみ、ハツラツさは影を潜めていたが、デビュー当時、がむしゃらに打球を追い、守備範囲が広く、俊足・巧打のプレーは、強く印象に残っている。

 1年目から活躍した李鍾範であったが、新人王はサムスンの梁埈赫の手に渡り、受賞を逃している。果たして息子はどうか、注目される。

 李政厚とともに、開幕間もない韓国のプロ野球を沸かせているのが、入団2年目の金東燁(SK)だ。昨年143打席を記録しており、今年の新人王の資格はないものの、415日のハンファ戦から19日のネクセン戦まで4試合連続本塁打を記録中である。

 金東燁は、天安北一高校を卒業後、シカゴ・カブスの傘下球団で2012年までプレーしたが芽が出ず、帰国後公益勤務要員として兵役を終えた後、2015年のドラフトで、9巡目、その上にフランチャイズの優先指名があるから、実質的にドラフト10位でSKに入団した。

 私は8年前、天安北一高校時代の金東燁と父親の金相国に取材したことがある。2009年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で韓国は日本との死闘に敗れたものの、準優勝に輝いた。この大会で大活躍した金泰均(ハンファ)が、どのように成長したかを取材していたが、金相国は、金泰均が天安北一高校在学中の監督であり、金相国自身もピングレ(現ハンファ)などでプレーした経験がある。

 息子の金東燁も天安北一高校の中心打者であったが、私が会った時は、卒業後、シカゴ・カブスに入ることが決まっていた。そして、私が会った前の年まで、宮崎の日南学園に留学していた。日本の思い出を聞くと、「日本では、午後3時まで授業を受けるのが、不思議でした」と答えた。

 今は変わっているが、当時韓国の高校の運動部の生徒は、授業を受けず、練習や試合に没頭するのが一般的であった。

 だからこそ、父親の金相国は、日本に留学させ、アメリカの球団に入団させた。「人生は長い。成功すればいいけれども、韓国、アメリカ、日本の野球を経験するだけでも意味がある」と語っていた。金相国自身、プロ野球を辞め、高校の監督を務めたりもしたが、野球だけで食べていくのは容易でない。そのために、いろいろなことを見ておけ、ということだ。

 金東燁は高校時代、おとなしい青年というイメージだった。その後どうなったか、気にはなっていたが、最近本塁打を連発して報道されるようになり、成長した姿をみることができた。

 最近は在日の選手が韓国でプレーするのは、ほとんど不可能になってきたし、日本人選手が出現する可能性も低くなっている。それでも韓国のプロ野球には、いろいろな形で日本と関わりのある選手がいる。

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天安北一高校時代の金東燁

 

2017年4月14日 (金)

NHLの選手が参加しない平昌五輪

 4月3日、北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)は、所属選手の平昌五輪不参加を表明した。もともとその話はあったし、1月中にも結論が出るとの話だったのが4月まで延びたということは、それなりにやり取りはあったのだろうが、結論は変わらなかった。選手会はこの決定に不満を示し、強行出場の意向を持っている選手もいるようだが、契約の問題もあり、そう簡単ではないだろう。

 NHLの選手は1998年の長野五輪以降、続けて参加していたが、今回は、選手の旅費や保険料の支払い問題で折り合いがつかなかったうえ、韓国はNHLの市場拡大戦略の対象外であったことも大きいようだ。

 実際韓国でアイスホッケーはそれほど盛んでない。今回、韓国男子のアイスホッケーチームには6人の帰化選手がいるが、これはそうしないと、平昌五輪に出場できなかったからだ。国内の選手は、私学の両雄である延世大学と高麗大学の定期戦種目の中に、アイスホッケーが含まれているため、辛うじて命脈が保たれているのが実情だ。

 1996年にチャン・ドンゴン主演の「アイシング」というアイスホッケーのドラマが放送され、話題になった。しかし、同じチャン・ドンゴンが主演したバスケットボールのドラマ「最後の勝負(邦題「ファイナル・ジャンプ」)」が、社会現象にまでなり、空前のバスケットボールブームを起こしたのに比べると、影は薄い。

 そういう状況だから、NHLの選手が参加しないからといって、韓国人がそれほど残念がっている様子はない。ただし、外国人の観客の入場を期待しているだけに、影響は大きい。

 そもそも、NHLの選手が出場しないのであれば、1万人もの観客を収容する施設は必要だったのかという問題がある。

 それでなくても、人口約22万人の江陵市に、アイスホッケー場2個、フィギュアスケート・ショートトラック、スピードスケート、カーリングの各1個の、計5個のスケート場を作ること自体、過剰投資であり、負担であった。加えて、アイスホッケーのメイン会場は、NHLの選手の参加を前提に、競技場のキャパを大きくしている。

 平昌五輪に限った問題ではない。今日の五輪は、トップ選手の参加を前提に、施設の設置条件が厳しくなり、それが開催国の負担になっている。

 五輪はそろそろ、トップ選手が集まる最高峰の大会という位置づけにこだわるべきではないと思う。五輪以外に、注目を集める大会があるという競技は、無理に五輪に出る必要はないと思う。実際ワールドカップを最高峰の大会としているサッカーは、23歳以下になっている。

 NHLについては詳しくないので、下部リーグや、他のリーグとのレベルの差がどれほどあるか、よくわからない。

 ただ野球についていえば、確かにメジャーリーグが、最高峰のリーグであることは間違いない。アメリカがようやく本気になってきた今回のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、確かに面白かった。

 しかし、U18の大会を何度か取材したことがあるが、スカウトの目に留まろうと、目をギラギラさせて必死に戦っている選手たちもまた、知名度は低くても、魅力的である。

 今回のNHLの選手の不参加を契機に、五輪を最高レベル選手が集まる大会から、五輪を最高だと思う選手が集まる大会に変えていくべきではないか。そして、開催国の該当競技に対する実情を無視し、不釣り合いに立派な施設の建設も、是正すべきだと思う。

 今回のNHLの選手の不参加問題は、五輪を身の丈に合った大会にする契機にするべきだ。

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神宮外苑、20174月の風景

 学生野球シーズンが始まり、神宮外苑に行く機会が増えるようになった。新国立競技場の建設工事が本格的に始まり、静かだった神宮外苑にも、工事車両の通行が目立つようになった。

 都営住宅の隣り、旧日本青年館と、神宮第2球場の間の、カーブするところにある公園に桜の木があった。第2球場で高校野球の春季大会を取材する合間に、桜を鑑賞するのを毎年楽しみにしていたが、今年はバッサリ切られ、都営住宅や、公園もろともなくなっていた。

 神宮球場の三塁側スタンドの外側には、日本スポーツ振興センターの本部棟の建物が、威容を現した。この建物、数100㍍青山通り側であれば、それほど違和感はないだろう。しかし、神宮外苑に隣接し、隣に国学院高校や都立青山高校がある、このエリアでは、かなりの違和感だ。それに、これだけの大きさの建物だと、神宮球場の風にも影響が出るのではないか。

 加えて、神宮球場と秩父宮ラグビー場の敷地交換の話である。場所交換の理由の一つに、青山通りに近い、現在のラグビー場の位置だと、ビル風の影響を受けやすいことも挙げられている。日本スポーツ振興センターの本部棟のビル一つなら、影響は少ないかもしれないが、風の影響はあるにはあるだろう。となると、交換の意味は本当にあるのか、ますます分からない。

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昨年の4月、角地の公園の桜

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上の写真のほぼ同じ場所の今年の状況

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神宮球場に隣接した場所に立つビル




2017年3月31日 (金)

全員外国人になった韓国プロ野球の開幕投手

 3年間、海の中に沈んでいたセウォル号が引き上げられ、朴槿恵前大統領が逮捕される。韓国は時代の転換期の大きなうねりの中にいる331日、日本と同様、プロ野球開幕の日を迎える。

 プロ野球ファンにとっては待ちに待ったシーズン開幕かもしれないが、世の中が騒然とする中、盛り上がりには欠けている。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は1次ラウンドで敗退し、それでなくても気勢が上がらない。開幕戦を盛り上げる要素に、開幕投手があるが、今回、史上初めて、10球団の開幕投手が全て外国人になった。日本のプロ野球の開幕戦では外国人は3人で、残りは日本の選手になっている。

 これまで韓国のプロ野球は土曜日の昼に開幕戦が行われていたが、昨年から金曜日の夜に行われるようになった。この時期の韓国の夜は、底冷えがする寒さだ。ネクセンの本拠地である高尺スカイドームを除けば、韓国人の看板投手は、より多くの観客が見込める、デーゲームで行われる土日の試合に登板させる営業的な事情もなくはないだろう。ただし、現状をみれば、開幕投手が全員外国人というのも、妥当なところではある。

 それでも昨年は、一時DeNA移籍の話もあったKIAの梁玹種をはじめSKの金廣鉉など、韓国人投手が4人いた。KIAの開幕戦は大邱であるため、梁は光州で行われるホームの開幕戦に登板すると予想されている。一方、故障のためWBCにも出場できなかった金廣鉉は、いつ復帰できるか、分からいない状態だ。これでは、WBCで韓国が勝てなかったのも、無理からぬ気がする。

 韓国のプロ野球で外国人選手が出場できるようになったのは、1998年から。最初は日本でもプレーしたウッズ(斗山)など、圧倒的なパワーを持つ強打者を据えるケースが多かった。しかし、登録も出場も2名だけに限られていた外国人選手の能力を、最大限有効に活用するには、投手の方が効果的という考えが広がり、ここ10年以上前から、外国人選手はほとんどが投手になった。

 韓国のプロ野球は長年8球団体制であったが、4年前のNCに続き、2年前にKTが加わり、韓国のプロ野球が10球団体制になると、水準維持のため、外国人選手枠を1人増やした。ただし同じポジションは2人までとなったため、1人は必然的に野手になり、打高投低現象がより際立つようになった。その対策として、外国人投手がより重宝され、韓国人投手の立場は弱まるという循環になっている。

 2000年頃、韓国のプロ野球は、打高投低であった。当時ドジャーズで活躍していた朴賛浩に刺激され、高校や大学の有望な投手が次々とアメリカに旅立ったからだ。ところが、アメリカで活躍するのは容易でないという認識が韓国内で広がり、栁賢振(ハンファ→ドジャーズ)や金廣鉉のように、まず韓国でプロ生活を始める選手が増え、奉重根(現LG)のようなアメリカからのUターン組も出てきたことから、投手の質が上がり、投高打低になっていた。

 しかしながら、世代交代が進まず、外国人の打者が増えたことで、またも打高投低になっている。韓国のプロ野球機構であるKBO(韓国野球委員会)は、今年から、高めのストライクゾーンを広げるなど、打高投低対策に乗り出したが、成果がどれほどあるか。

 もっとも、開幕投手が全員外国人であったとしても、韓国の野球ファンがそれを受け入れ、納得して声援を送るのであれば、韓国人の意識の変化として、それはそれで興味深い。

 話は変わるが、319日、ソウル国際マラソン(東亜マラソン)が開催された。この大会を報じる『東亜日報』の320日付一面の見出しは、「“マラソン名品”5位まで2時間6分台」というものだった。

 近年、この大会を報じる東亜日報の関心は、韓国人選手の記録より、大会のトップグループの記録に集まっている。好記録が出る大会には、ハイレベルの選手が集まり、大会の価値が高まるのは確かだ。

 けれども、上位の選手はケニアなどのアフリカ勢。最初から外国人選手部門と国内選手部門に分けられている。ちなみにこの大会の国際男子1位の記録は2時間554秒、国内男子1位の記録は2時間141秒になっている。

 東亜マラソンは、ベルリン五輪金メダリストの孫基禎、アトランタ五輪銀メダリストの李鳳柱など、韓国マラソンの英雄たちが優勝した大会である。日本も厳しい状況にあるが、韓国はもっと世界との距離が広がっている。

 自国の選手の実力が伸び悩んでいる中、外国人でそれを補うというのは、スポーツに限らず、今の韓国社会を象徴しているようにも思える。成り行きを注目したい傾向だ。

2017年1月31日 (火)

李承燁、現役最後の年に、李大浩が韓国球界に復帰

 韓国では旧正月の連休最後の日である130日、オリックスやソフトバンクでも活躍した李大浩の、韓国・ロッテ復帰の記者会見が行われた。キャンプインを2日後に控えた時点での、超大物の復帰会見である。

 その実力は、多くを語る必要がないだろう。2010年、韓国のプロ野球で、本塁打、打率、打点など、盗塁を除く攻撃のタイトルを独占し、MVPにも選ばれた。2012年にオリックスに入団すると、91打点で打点王のタイトルを獲得した。李承燁(現サムスン)、李鍾範(元KIA)ら、鳴り物入りで日本球界に入った打者も1年目は、配球の違いや、日本の投手の制球の良さに戸惑い、結果を残していないが、李大浩は、体重が百数十宇キロの巨漢にもかかわらず、打撃はパワフルかつ柔らかく、抜群の対応能力を示した。

 その威力はソフトバンクに移籍してからも続き、2015年の日本シリーズでは、MVPにも輝いている。昨年はアメリカに渡り、最初はマリナーズとのマイナー契約だったが、メジャー契約に切り替わり、公式戦で代打サヨナラ弾を含め、14本塁打を放つなど、1年目としては、まずまずの成績を残した。

 今年については去就が注目されていたが、李が選んだのは、元の所属チームである韓国のロッテであった。総額150億ウォン(約15億円)の4年契約。昨年、打率と打点のタイトルを獲得し、サムスンからKIAにFA移籍した崔炯宇が4100億ウォンだから、韓国としては、破格の扱いだ。逆に言えば、ロッテとしては、それほどの待遇であっても、迎え入れたい存在であった。

 ロッテの本拠地・釜山は、球都と呼ばれ、韓国を代表する野球どころである。日本に近く、日本の植民地時代から野球が盛んで、テレビの放送が始まると、アンテナを日本に向けて、日本のプロ野球を観ていた。

 1982年に韓国でもプロ野球が誕生すると、釜山を本拠地とするロッテは、韓国球界を代表する人気球団となった。

 その熱狂ぶりから、韓国の野球関係者の中には、「ロッテは日本の阪神のような存在です」という人もいる。けれども阪神の場合は、弱い時でも、観客数が極端に落ちることはない。それに対して釜山のロッテは、弱いと客足は一気に遠のく。

 李大浩が在籍していた時は、上位にいることが多かったロッテであるが、2013年以降は、下位に甘んじている。それにつれ、2012年まで1試合平均2万人を上回っていた観客動員数は、110002000人台に落ち込み、スタンドには空席も目立つようになった。近年韓国プロ野球全体の人気は高まっているが、ロッテだけが取り残された格好だ。

 それだけに、今年は主将も務めることになった李大浩に、チームの成績アップと、観客数増加の期待がかかっているわけだ。

 しかも李大浩は、生まれも育ちも釜山。高校は金泳三元大統領の母校でもある、釜山の名門・慶南高校である。高校時代は、釜山高校のエースで4番であった秋信守(レンジャーズ)と、釜山の高校球界を二分し、秋信守、金泰均(ハンファ)らとともに、18歳以下の世界選手権で優勝したこともあった。

 高校時代からの釜山の英雄であるだけに、地元ファンの期待も大きい。そして今回の移籍により、李承燁との韓国を代表する巨砲の対決が、韓国のプロ野球で事実上初めて実現する。

 2003年、李承燁は当時のアジア記録である56本の本塁打を放ち、翌年千葉ロッテに移籍した。一方李大浩は、2001年に韓国のロッテに入っているが、試合に本格的に出るようになったのは、李承燁が去った後の2004年から。李承燁は2011年にオリックスでプレーした後、2012年にサムスンに復帰しているが、李大浩は入れ替わるようにして、オリックスに入団している。

 李承燁と李大浩は、韓国代表チームで一緒にプレーしたことはあるものの、韓国球界では常に入れ違いになっている。

 そして李承燁は、今シーズンを最後に引退することを発表している。まだもう数年できるような気もするが、韓国には「拍手を受けているうちに去れ」という言葉もある。惜しまれつつ去るのが、「国民的打者」と呼ばれた李承燁の美学なのだろう。

 ともかく、李承燁が引退するその年に、李大浩が復帰する。ロッテとサムスンはもともとライバル意識が強い。この両チームの対決は、例年以上に熱を帯び、韓国のプロ野球を盛り上げるに違いない。

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 選抜高校野球の出場校が決まり、21日からはプロ野球のキャンプも始まり、いよいよ球春到来です。

 ところで、私も出演している、在日韓国人の高校球児を描いた韓国のドキュメンタリー映画「海峡を越えた野球少年」が、24日(土)から10日(金)までの1週間、横浜市のジャック&ベティ(電話045-243-9800)という映画館で上映されます。

 時間は、1155分から1345分までです。期間も短いし、昨夏ポレポレ東中野で上映された時と同様、いい時間帯ではないですが、関心のある方は、この機会に是非観てください。

ジャック&ベティは、京急・黄金町駅から徒歩5分の所にあります。

http://www.jackandbetty.net/cinema/detail/1045/

 

2016年12月21日 (水)

日本球界も注目した韓国左腕投手、KIA残留の事情

 このオフ、FAの資格を取得し、DeNAなど日本の球団も獲得に乗り出していた韓国プロ野球を代表する左腕投手・梁玹種が、1年契約、契約金7億5000万ウォン(約7500万円)、年俸15億ウオンの計225000万ウォンでKIAに残留することが決まった。金額と1年契約であることはやや意外であったが、もともと今年海外に出ることはないとは思っていた。

 梁は今年1012敗で、防御率は3.68。この防御率は全体で5位、韓国人投手の中では2位になる。しかも2年前は16勝、去年は15勝と、3年連続で2桁勝利を挙げている。

 また先発投手の合格基準である6回以上投げて自責点3以内に抑えるQS(クォリティスタート)は22回で全体のトップ。この3年間、韓国人投手の中では最も多く記録しており、安定感では群を抜いている。

 現在韓国のプロ野球は、極端な打高投低の状況にある。韓国プロ野球は10チームあるが、規定打席に達している打者で、3割打者は40人。日本では、セ・リーグが9人、パ・リーグが6人なので、その多さは半端でない。その一方で、防御率2点台はニパート(斗山)だけで、3点台も6人しかおらず、そのうち韓国人は梁を含め3人だけだ。セ・リーグでは2点台が5人、3点台も6人、パ・リーグでは2点台、3点台とも5人ずついる。近年、チーム数が8チームから10チームに急激に増やしたこともあり、選手層の薄い韓国では、投手難が深刻になっている。

 そのため、投手の報酬はどうしても高くなる。このオフのFAで最も注目されたサムスンの崔炯宇は、4年契約の契約金40億ウォン、年俸15億ウォン、計100億ウォンでKIAに移籍した。崔は今年打率、打点、安打数で1位という、韓国プロ野球を代表する強打者だ。

 一方FAで注目投手の1人であったサムスンの車雨燦は4年契約、総額95億ウォンでLGに移籍した。車には元の所属のサムスンが4年契約、総額100億ウォンを提示したというから、95億ウォンという数字に疑念が持たれている。それはともかく、車は今年126敗だが、防御率は4.73である。韓国を代表する左腕の1人であることは確かだが、それほど目立った存在ではない。しかし強打者の崔とほぼ同じ条件でFA移籍を果たしている。

 海外に移籍するとなると、外国での生活に適応するために、意外と経費がかかる。そのため、外国のチームの提示額が、国内のチームの提示額より少し多いくらいでは、割に合わないことがある。しかも梁の場合、韓国であれば絶対的なエースでも、海外に出ればローテーション入りが保証されているわけではない。したがって、梁がKIAに残留することは予想できた。問題は、なぜ1年契約かということだ。

 韓国メディアの報道によれば、再度FA資格を得るのは4年後だが、1年で海外を含めた移籍の自由が保証されているという。

 KIAは今年5位で、もう少し打線の援護などがあれば、梁はもっと勝ち星を挙げられたという。その点来年はFAで崔炯宇を獲得するなど、戦力は上がっている。KIAで優勝、あるいは、もう少し良い成績を残したうえで、海外進出を考えるということのようだ。さらに来年はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)もあるので、海外のスカウトにアピールする機会も増える。いずれにしても、梁の海外進出は来年の成績をみてということになる。

 ただ気になることが2つある。まず韓国プロ野球出身の先発投手で、日本のプロ野球で成功した人はほとんどいないということだ。

 中日の宣銅烈も、ヤクルトの林昌勇(現KIA)も、阪神の呉昇桓(現カージナルス)もいずれも抑えであった。メジャーでは、栁賢振(ドジャース)が201314年に14勝を挙げている。けれどもその柳もここ12年は肩、肘の故障に苦しんでいる。

 梁は最速が150キロを超え、スライダー、カーブ、チェンジアップなど多彩な変化球を駆使するが、四死球が79と多いのが気になる。

 また宣銅烈が中日に入った1996年頃、韓国のプロスポーツでは年俸1億ウォンの選手は、宣銅烈やサッカーの洪明甫など、ほんの一握りのスター選手に限られていた。金銭的には日本と韓国のプロ野球は、明らかな開きがあったが、今はそれほどでもなくなった。そのため条件面などで日本と韓国を天秤にかける選手も出てきた。

 実力の面でも日本と韓国で差が縮まったとはいえ、海外でプレーするのは容易でない。エージェントの交渉戦術ということもあるのだろうが、日本であれ、アメリカであれ、海外に出る選手は、その意志をはっきり示すべきだ。梁はやや掴みどころがない感じの選手であるがあるが、1年後もし海外進出を希望するのであれば、その意志の強さが成功のカギになるのではないか。

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 西鉄、巨人の投手として活躍した加藤初氏が亡くなった。引退後は、SKなど韓国のプロ野球でも投手コーチとして活動していたので、何度か話を伺ったことがある。

 現役時代は鉄仮面の異名があったが、非常に穏やかな人だった。北京五輪で日本を苦しめた金廣鉉は、入団当初から指導していた。素材の良さは認めながらも、「あの投げ方は肘を壊す。結果を残しているから、言っても聞かないんだよ」と心配していた。実際金は、肘の故障に苦しんでいる。

 最近の野球は、様々な変化球を駆使する投手がもてはやされているが、「投手で一番重要なのは、アウトコース低めにしっかり投げられるかどうかです」と、よく語っていた。高校野球を取材することが多くなったが、この言葉は大事にしている。

2016年12月 7日 (水)

韓国の大谷世代は兵役中~2012年U18日韓代表選手のその後

 2016年のプロ野球の主役は、二刀流が一段と進化した大谷翔平(日本ハム)であった。韓国でも日本の野球への関心は高く、大谷は広く知られた存在である。しかし、彼が高校(花巻東)時代、韓国で試合をしたことを知っている人は、そう多くない。

 ソウルで開催されたU18世界野球選手権のことである。もっともこの大会での日本代表の主役は、藤浪晋太郎(阪神)と森友哉(西武)の大阪桐蔭バッテリーであった。

 それでも大谷は、初戦のカナダ戦に4番・投手で出場し、登板しない時は、外野手やDHで中軸を務めるなど、二刀流の原点をみせた。この大会日韓戦は、第2ラウンドと5・6位決定戦の2回あった。第2ラウンドでは、藤浪が完投して4-2で日本が勝ち、5・6位決定戦では、先発した大谷が2点を失うなどして3-0で韓国が勝った。

 この大会、韓国は優勝したアメリカや準優勝のカナダに勝ち、日本は3位の台湾に勝っており、上位チームにはほとんど差がなかった。あれから4年。日韓の代表選手たちはどうなったか。改めて調べてみると、日本と韓国の環境の違い、韓国野球の状況が浮き彫りになった。

 

【日本】

投手

藤浪晋太郎 大阪桐蔭→阪神(投球回数169711敗、防御率3.25

岡野祐一郎 聖光学院→青山学院大

大谷翔平 花巻東→日本ハム(投球回数1401041ホールド、防御率1.86、打数323、打率.322、本塁打22、打点67

濱田達郎 愛工大名電→中日(投球回数4、1敗、防御率15.75

佐藤拓也 浦和学院→立教大⇒JR東日本

大塚尚仁 九州学院→楽天

神原友 東海大甲府→東海大

捕手

中道勝士 智弁学園→明治大⇒オリックス(育成)

田村龍弘 光星学院→千葉ロッテ(打数371、打率.256、本塁打2、打点38

☆森友哉 大阪桐蔭→西武(打数392、打率.292、本塁打10、打点46

内野手

金子凌也 日大三→法政大⇒Honda鈴鹿

田端良基 大阪桐蔭→ →日本ウェルネス大北九州

北條史也 光星学院→阪神(打数385、打率.272、本塁打5、打点33

菅原拓那 常総学院→国学院大学

城間竜平 光星学院→東北福祉大⇒パナソニック

伊與田一起 明徳義塾→専修大学⇒JR西日本

外野手

笹川晃平 浦和学院→東洋大⇒東京ガス

高橋大樹 龍谷大平安→広島

呉屋良拓 浦添商→日本大

水本弦 大阪桐蔭→亜細亜大⇒東邦ガス

【韓国】

投手

☆沈載珉 開成高→kt(投球回数54-1/323敗、防御率5.47)

金鍾守 蔚山工高→ハンファ

尹炯培 天安北一高→NC→兵役(公益)

宋周永 天安北一高→斗山→兵役

☆李建郁 東山高→SK(投球回数2/3、防御率27.0

張現植 ソウル高→NC→警察(兵役)→NC(投球回数78-1/3131ホールド、防御率4.48

☆李受珉 商苑高→サムスン→尚武(兵役)

☆安圭賢 徳寿高→サムスン→警察(兵役)

捕手

韓承澤 徳寿高→ハンファ→警察(兵役)→KIA(打数28、打率.179、打点5)

☆安重烈 釜山高→kt→韓国ロッテ(打数28、打率.179、打点3)

内野手

尹大瑛 真興高→NCLG→警察(兵役)

姜勝淏 天安北一高→LG2014年警察(兵役)→LG(打数38、打率.184、打点3)

桂廷雄 信一高→建国大

鄭永俊 徳寿高→NC→警察(兵役)

外野手

崔允赫 中央高→延世大

宋浚碩 奬忠高→サムスン→現役入隊

金仁泰 天安北一高→斗山→警察(兵役)→斗山(打数18、打率.167、打点3)

李遇成 大田高→斗山→尚武(兵役)→斗山(打数5、打率.200

沈載倫 天安北一高→LGNC→兵役(公益)→NC

▽ポジションは大会登録時のもの。( )は今シーズンの1軍公式戦の成績。☆は当時2年生。⇒は今後の進路予定

 

 大谷や、今年やや不振であった藤浪の活躍はもちろん、今年は田村が捕手でベストナインに輝き、北條が内野手でスタメン出場するようになった。森はもっとやれるという思いはあるが、打撃センスの良さはみせている。

 しかし濱田は2年前に5勝を挙げたが、その後は肘を痛め、このオフ、戦力外を告げられ、育成契約を結ぶことになった。

 大学に進んだ選手は、佐藤、中道、金子がプロ志望届を提出したが、中道がオリックスに育成枠で指名されただけだった。社会人で改めてプロを目指すことになる。

 田端のように、亜細亜大に合格したものの辞退し、しばらく野球から離れていたが、この春から日本ウェルネス大北九州で野球を再び始めた者もいる。

 日本の場合、プロに行くのはごく一握りの選手だが、それでも独立リーグはあるし、チーム数が少なくなったとはいえ、社会人野球もあるなど、選択肢は多い。

 韓国の場合、社会人野球は15年ほど前になくなり、プロで戦力外になったり、入団できなかったりした選手の受け皿としては、韓国のプロ野球機構(KBO)に所属しない漣川ミラクルというチームが独立球団としてあるだけである。

 韓国の選手は、桂廷雄と崔允赫が大学に進学した他は、すぐにプロ入りしている。桂も斗山に10位指名されており、高校で指名されなかったのは、当時の代表では崔だけである。

 もっとも、当時の3年生で9球団、2年生は翌年から1球団増えて10球団になり、1球団当たり10人が指名される。それに対して高校のチーム数は最近70校に増えたが、当時は60校余り。代表クラスの選手であれば、大半が指名されて当然ともいえる。

 膨大な資源の中から宝石を探さなければならない日本と違い、限られた人材の中から選ぶ韓国では、スカウト活動がそれほど活発でない。近年大学の試合は地方で開催されることが多く、スカウトの目が行き届かないこともあり、大学に進んだ2人は、今年のドラフトで指名されることはなかった。しかも、崔順実の娘、チョン・ユラの不正入学の影響で、スポーツ特待生の入学や、入学後の成績管理が厳しくなり、大学スポーツは大変な時代になっている。

 プロ入りした選手では、兵役中もしくは兵役を終えたばかりの選手が多い。一口に兵役と言っても、軍隊のチームである国軍体育部隊の尚武や警察のチームに所属する、自治体や公共企業体の現場で働く公益勤務、軍の部隊に配属される現役入隊という3つのケースがある。

 U18の大会の5・6位戦で、大谷から先制二塁打を放った宋浚碩は肩を故障し、昨年から、軍部隊に配属されている。

肩や肘の故障は、日本でも問題になっているが、韓国ではより深刻だ。この時の代表の投手はほとんどが、肩や肘、とりわけ肘に故障を抱えていた。手術をして1年は本格的な投球ができないのなら、この際、兵役を解決しようというケースもある。当時韓国高校球界ナンバー1と言われた尹炯培もこのケースで、昨年から自治体の公益勤務要員になっている。

兵役期間中も野球を続けられる尚武や警察のチームの入団は、競争が激しい。ただ入れたとしても、2つのケースがある。

1軍で活躍していた選手は、元のチームが復帰を待ちわびている。仮に兵役期間中に他の選手が台頭したとしても、貴重なトレード要員となる。

一方、入団数年で兵役に入ったU18の代表のような選手たちは、尚武や警察であろうと、公益勤務であろうと、軍部隊に配属されようと、除隊後の実力をみて、今後の野球人生が決まる。

近年は、尚武や警察を経てブレイクするケースが目立っている。今年の新人王である申在永(ネクセン)は警察の、昨年の新人王である具滋昱(サムスン)は尚武を経験している。

その一方で、入団した年に新人王になったのは、2007年の林泰勲(当時斗山)以後いない。この年はシーズン終盤になって、北京五輪で日本キラーとなる高卒ルーキーの金廣鉉(SK)も台頭している。その前の年は、現ドジャーズの栁賢振(当時ハンファ)が、高卒ルーキーながら、新人王とMVPを独占した。高卒ルーキーが活躍したのは、この頃までで、その後は若手が伸び悩んでいる。

今回、早々に兵役を終えた選手は、元のチームでないケースもあるものの、とりあえずプロ野球に戻ることができた。けれども、これから数年が正念場になる。

当時の韓国代表では、まだ1軍で本格的に活躍している選手はいない。それでも、来年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は無理としても、今後のWBCや五輪などの舞台で、日韓の大谷世代が再び相まみえる日は来るのだろうか。韓国の選手にとっては、ここ数年が勝負どころになる。

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小倉全由(日大三)監督を囲む、

2012年、U18日本代表の選手たち


 

 

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