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2018年8月24日 (金)

1962年と2018年のジャカルタ・アジア大会と政治

 818日に開幕したインドネシアのジャカルタ・パレンバンのアジア大会も、中盤に差し掛かっている。この大会に限ったことではないが、韓国メディアなどは、アジア大会について開幕前からかなり大きく報じているが、日本のメディアは、放送権を持つTBS以外は概して小さい。ところが、バスケ選手の買春という信じがたい事件で、注目されることになった。

 韓国などでは、近年はさほど目立たなくなったが、アジアの歓楽街に行けば、日本人を相手にした誘惑の手は伸びてくる。一昔前なら、当然注意喚起はされていただろう。

 しかし今の若い選手は、昔に比べて真面目になっている。部活の合宿などで、門限時間などを決めなくても、さほど出歩かないという話もよく聞く。それ自体は結構なことなのかもしれないが、逆に逸脱行為に対する注意深さが欠けているのではないか。バスケ選手のような大男が、公式ウェアを着て歓楽街を歩けば、発覚のリスクは高いはずだが、大胆というよりも、緊張感がなさ過ぎる。

 日本選手の中には、アジア大会を軽くみている傾向がなくもない。前回の仁川大会では、帰国後本人が犯行を否定したため、真相がうやむやになっているが、カメラの窃盗事件も起きている。

 トップ選手を送るかどうかは、各競技の事情があるだろう。それでも、1948年のロンドン五輪は敗戦国であったため出場できなかった日本が、国際スポーツ舞台に復帰したのは、1951年にインドのニューデリーで開催された第1回アジア大会であり、大会の規模だけだなく、日本のスポーツ史においても意味のある総合スポーツ大会である。

 韓国がオリンピックで初の金メダルを獲得したのは、1976年のモントリオール大会であるように、かつてはアジアの国の多くは、世界とは力の差があり、オリンピックは高嶺の花であった。スポーツの実力を測る場が、アジア大会であり、韓国も1960年代までは、タイやフィリピンなどに勝つことが、目標だった。

 逆に日本は、アジアの中では抜きん出ており、二線級でも優勝できた時代があった。こうした過去の歴史もあり、アジア大会に対する認識は、日本とアジアの多くの国とは差があるのは確かだ。

 その一方で、アジア大会はお金のかかる大会になっている。今回も開会式では、大掛かりなセットが組まれていた。

 1994年の広島大会は、かなり質素な大会であった。それでも開催自治体の負担は大きかったが、一つの見識であったと思う。ただ当時の韓国メディアには、ジュニアレベルの国内大会である、全国少年体育大会よりひどい、と酷評するところもあった。

 4年後のバンコク大会は、経済危機の中でも盛大に執り行われ、日韓共催のW杯と同じ年に開催された2002年の釜山も相変わらず華やかで、2006年のドーハ大会は、これでもかという金満大会であった。前回の仁川大会では、W杯で使用した4万人規模のスタジアムがあるにも関わらず、6万人規模のメインスタジアムをわざわざ新設している。

 おそらく4年後の中国・杭州も中国の国力を誇示する大会になるであろう。8年後の愛知県・名古屋市はどうなのか。競技会としての質は落とすことなく、式典など、非競技の部分には、しっかり見識を示すべきだろう。

 今大会の開会式で、最も違和感があったのは、インドネシアのジョコ大統領の登場シーンだ。ジョコ大統領がバイクで滑走するシーンが映し出され、子供たちが立っている横断歩道の前では停止して道を譲るなど、エンターテインメントと呼ぶには、あまりにも政治色を帯びていた。

 リオ五輪の閉会式では、安倍首相もスーパーマリオの姿で登場している。自国であれ、他国であれ、スポーツイベントで政治家が目立ち過ぎるのは、見た目は決して良くない。

 また開会式で流れた映像には、1962年のジャカルタ大会に関するものもあった。この大会が、ジャカルタの発展に大いに寄与したという趣旨だ。NHKのBS放送では、この大会の日本選手団の好成績が、2年後の東京大会につながったという趣旨のコメントをしている。

 この大会のリアルタイムの記憶はないため、資料収集レベルの話ではあるが、政治に翻弄された大会という印象がある。当時のスカルノ大統領は、イスラム教や当時参加していなかった中国に配慮し、当時参加国であったイスラエルや、台湾の選手団の入国を拒否した。これに対しIOC(国際オリンピック委員会)は大会が無効であることを宣言し、会員国に参加しないよう呼びかけた。

 さらにIOCはインドネシアに対して、2年後の東京五輪への参加停止を決定。インドネシアはIOCとの絶縁を宣言し、独自の国際大会を開催した。IOCは強硬に反発し、この大会に参加した選手は、東京五輪の参加資格を失うことを宣言している。

 多くの国がトップ選手の派遣を見合わせる中、北朝鮮はトップ選手を派遣した。そのため、2年後の東京五輪では、インドネシアと北朝鮮の参加を巡り、日本側も振り回された。結局インドネシアも北朝鮮も東京まで来ながら、開幕直前に引き上げている。

 今回は、南北和解ムードの中、バスケットボールやカヌー、ボートで南北合同チームが結成されている。

 ジャカルタ・アジア大会の2年後。くしくも同じ流れで開催される1964年と2020年の東京五輪。スポーツを取り巻く様々な状況を見定める意味でも、今回のアジア大会は注目される。

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コメント

「安倍マリオ」や「ジョコバイク」の演出は、2012年ロンドン夏季オリンピックの開会式における、エリザベス女王の登場シーンに影響されたのでしょう。

それにしても、最近の国際大会では、韓国人選手の成績が下がってきているような・・・。


・24年ぶりに日本に負ける?アジア大会で日韓の成績に差がついた理由を、韓国メディアが指摘
https://www.recordchina.co.jp/b636327-s0-c50-d0058.html

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