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2017年5月31日 (水)

韓国野球の名将の寂しき退場

 韓国のプロ野球で野球の神、「野神」と呼ばれた金星根が、ハンファの監督をシーズン途中に事実上解任に近い形で辞任した。

 金星根の監督通算勝利数は1384。これは現大韓野球ソフトボール協会会長で、ヘテ(現KIA)、サムスンの監督を歴任した金應龍の1567勝に次ぐ成績だ。中日で活躍した宣銅烈、李鍾範ら、そうそうたるメンバーを擁しヘテなどで優勝を重ねた金應龍と違い、金星根は弱体チームの選手を鍛え、絶妙の用兵術や作戦で上位に食い込んでいったことが評価されている。

 1942年京都に生まれた金星根は、野球をする場を求め、1961年韓国に渡った。当時はまだ日本と韓国の国交が結ばれていない時代。金は韓国の実業団チームのエースとして活躍する一方で、日本への再入国許可の有効期限が切れそうになると、日本に戻り更新していた。しかし国交正常化の前年の1964年に更新が許可されず、家族の反対を押し切り、韓国に永住帰国した。

 ところが韓国に永住帰国してほどなく、肩を痛めて野球ができなくなった。それでも言葉も十分わからず、知り合いもそれほど多くない祖国で生きていくには、野球しかなかった。そこで、戦力分析のやり方などを独学で習得したことが、後に名将となる基礎となった。高校や実業団の監督として実績を重ね、1982年にプロ野球が誕生するとOB(現斗山)のコーチになり、84年に監督に就任したことで、プロ野球での監督人生が始まった。

 ただし韓国には、在日差別が根強くあった。金星根とは拙著『韓国野球の源流』(新幹社)の取材などで何度もお会いしたが、「在日は韓国の人間と同じ土俵で勝負しようとすると、必ずやられる」といった話をよく聞いたことがある。

 金星根は、母親らの反対を押し切り永住帰国する時、韓国で一番になることを心に誓った。それは韓国で生きていくうえで気持ちの支えであったが、周りから攻撃される原因にもなった。

 緻密で細かい野球は、韓国のメディアからも「チョッパリ(日本人への蔑称)野球」と批判され、球団とも対立した。それでも、結果を残しているから、低迷するチームから呼ばれ、立て直す。すると球団と対立して辞めるの繰り返しであった。

 とはいえ、野球の指導者として卓越しているのは誰もが認めるところであり、15年前から「野神」の称号が定着している。ただ長年みてきた私には、野は野球だけでなく、野党に通じるような気がする。絶えずぶつかりながらの野球人生である。

 2015年から、万年最下位争いのハンファの監督に就任する。金星根の監督就任とともに、球団も大幅な補強を行い、戦力は徐々に整っていった。2015年は前年の最下位から10球団中6位まで順位を上げたが、昨年は7位。合格点となるポストシーズン進出権を得る5位以上にはなれなかった。

 そこでハンファ球団は、コーチ経験の長い朴鍾勲を団長(日本の球団代表に相当)に据え、選手の育成管理の実権は、団長が握るようにした。この時点で、今回の辞任劇はある程度予感されていた。

 韓国のプロ野球は、1990年代頃までアマチュア野球で選手、指導者の経験を積んだ人が監督を務めることが多かった。アマチュア野球のチームでは、コーチはあくまでも補助で、監督があらゆることを統括することが多い。

 金星根体制下でコーチをしたある日本人は、「もう少し、コーチに任せてもいいのではなか」と言うほど、試合での采配はもちろん、投打を問わず、選手の育成、指導も、金星根監督自らが動き回った。

 韓国のプロ野球も誕生から35年を迎え、プロントと現場、現場の中でも監督やコーチの役割分担は進みつつある。それでも金星根にすれば、分業で任せられるほど、フロントが進化していないという思いもあるだろう。

 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で韓国代表を務めた金寅植や、韓国プロ野球最多勝監督で、シドニー五輪の銅メダル監督である金應龍など、韓国を代表する監督の多くが、ハンファでプロ野球での指導者生活を終えている。無原則にビッグネームを監督に据えている印象があるのも確かだ。

 また今年から団長に据えた朴鍾勲は、金星根がOBのコーチ、監督であった時にプロ野球の選手生活を始めており、いわば師弟関係だ。これではやり難いのは確かで、互いにとって不幸なことである。

 年齢からみて、金星根が再び監督としてユニホームを着ることはないだろう。これでアマチュア野球出身の監督は、いなくなり、時代の一つの区切りである。

 最後球団と対立して退団するもの、金星根らしいと言えば、らしい。ただ韓国野球に残した功績を考えると、最後くらいは花道を飾ってほしかった。

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