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2017年5月20日 (土)

名門高校と野球と政治

 韓国では高校受験の競争をなくすため、生徒を居住地域の学校に振り分ける平準化政策が取られた結果、伝統的な名門高校の影は薄くなっている。ソウル大学の合格者数は、こうした平準化政策の対象外である、芸術高校、科学高校、外国語高校の生徒が上位を占めている。

 それでも現在、名門高校が存在感を示しているのが、政治の世界と野球ではないか。

 先の大統領選挙は、文在寅とTV討論の後失速したが、安哲秀の争いとされていた。2人とも釜山の出身で、当選した文在寅は慶南高校、安哲秀は釜山高校と、ともに釜山を代表する全国区の名門校の出身である。野球においては、日米のプロ野球で活躍し、現在韓国のロッテでプレーする李大浩は慶南高校、レンジャーズの秋信守は釜山高校の出身である。

 515日に決勝戦が行われた、権威ある大会である東亜日報主催の黄金獅子旗全国高校野球大会では、かつて徳寿商といった徳寿高校が2年連続優勝を果たし、かつて馬山商といった馬山龍馬高校が準優勝した。いずれも伝統校で、文在寅大統領の母校である慶南高校も準決勝に進出した。

 韓国では野球部のある学校は多くないが、伝統的な名門校には野球部のある学校が多く、多数のプロ野球選手を輩出している。そのため、進学実績では外国語高校や科学高校といった新興勢力に押されても、野球ばかりは伝統校が存在感をみせているわけだ。

 文在寅大統領自身、野球好きで知られ、球界との関わりもある。かつて中日でも活躍したヘテの宣銅烈の最大のライバルであったロッテの崔東原も、慶南高校の出身であった。崔は1988年に選手協議会を結成しようとしたが、これは選手労組であるとして、球団から強い抵抗にあった。この時選手側の法律諮問役であったのが、弁護士であった文在寅であった。

 韓国のプロ野球創設にも、慶南高校の出身者が関わってきた。民主化の活動をしていた文在寅とは敵対関係であるが、全斗煥の側近で、全斗煥政権下で民政主席秘書官であった李鶴捧も慶南高校の出身であった。

 光州事件など、民主化運動を弾圧して権力を握った全斗煥政権は、国民の関心を政治から離すため、スポーツ、スクリーン、セックスのいわゆる3S政策を行った。その中心にいたのが李鶴捧であり、プロ野球創設にも主導的な立場であった。その際、李が頼りにしたのが、慶南高校出身の球界人脈であった。

 慶南高校の野球部は、解放直後の全国大会をほとんど優勝するなど、韓国の高校球界をリードしてきた。慶南高校の野球の礎を築いたのは、東京の京王商(現専大付)出身の高光籍という人物で、「ノックの達人」として知られた。以来、今日に至るまで、韓国の高校球界をリードしている。

 もっともプロ野球選手を輩出している数でいうと、全羅南道の名門、光州第高校である。光州第一高校は、中日でもプレーした宣銅烈や李鍾範らを輩出している。

 また慶南高校、釜山高校とともに釜山地域の伝統校である釜山商(現開成高校)は、盧武鉉元大統領の母校である。釜山商からは、韓国シリーズで10回優勝するなど韓国プロ野球を代表する名将で、現在大韓野球ソフトボール協会の会長である金應龍などを輩出している。

 文在寅政権では、球界においてはこうした釜山人脈が影響力を持つ可能性がある。日本に近い釜山は、もともと野球が盛んな土地柄。しかし、近年釜山を本拠地とするロッテが不振で、釜山の野球人気も停滞気味だ。政権が代わっても、こればかりはどうすることもできない。

 なお、金泳三元大統領も慶南高校の出身である。ただし金泳三は、中学生の時にサッカーをしていたことがあるうえ、政権時代は2002年のワールドカップの招致の時期でもあり、サッカー好きの方が喧伝されていた。

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