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2017年5月12日 (金)

文在寅政権と平昌五輪

 19943月、板門店での南北接触において、北朝鮮側が「ここからソウルは遠くない。戦争が起きれば、ソウルは火の海になる」と発言した時、私はソウルで留学生活を送っていた。これはやばいぞ、と私はかなり衝撃を受けた。ところが韓国の若者たちに聞くと、「あんなこと、いつものことですよ」と、ほとんど意に介していなかった。

 実際には、危険な状態であったようだが、北との対峙が日常化している韓国では、危機にはある程度慣れている。今回も、韓国の危機意識の低さが日本のメディアで話題になっているが、韓国の人たちの感覚は、そんなものだろうと思う。

 文在寅が大統領に当選したのも、安保問題よりも、変化を望む若者たちの票をうまく集めた結果だろう。

 南北問題、日韓関係など気になることは多々あるが、新政権の誕生で9か月後に迫った平昌五輪への影響も、やはり気になる。

 通常なら、当選から約2か月の政権引き継ぎ期間を経て、新政権が誕生するが、前大統領の罷免を受けて行われた今回は、当選するや否や大統領に就任したため、すぐには五輪まで手が回らないかもしれない。

 まず行われるのは、五輪やスポーツの所轄官庁である文化体育観光部(省)の改革だろう。朴槿恵前大統領の一連のスキャンダルの震源地が文化体育観光部であっただけに、一気にやるのか、徐々にするのかは分からないが、大鉈を振るうのは間違いない。

 そこで一つ注目したいのが、所轄官庁の名称である。民主化運動を弾圧して誕生した全斗煥政権では、ソウル五輪の招致に成功し、「体育立国」を掲げ、スポーツの省庁を独立して、体育部を創設した。

 民主化によって誕生した金泳三政権では、文化体育部になり、金大中政権では、文化観光部なり、体育の名前がなくなり、スポーツ界では、国からの支援が削られた。保守の李明博政権は、体育の名前が復活し、文化体育観光部となっている。

 名は体を表すの言葉通り、名称は政権の考えをよく反映している。場合によっては、文化、体育、観光という、省庁の枠組み自体が変わるかもしれない。

 平昌五輪の組織委員会に出向している公務員も、本来所属する省庁の動向が気になり、落ち着かないに違いない。

 大会を9か月後に控えているだけに、新政権に振り回されることは避けたいところだが、大統領が誰であろうと、政権がそのまま続くよりは良かったのかもしれない。従来のスケジュールだと、新政権の移行期に五輪が開催され、通常なら閉会式の日と、新大統領の就任式が重なっていた。

 五輪の成功が自分の功績にならないため、朴槿恵政権では五輪に積極的ではなく、そのことが、友人の崔順実の利権介入を招いたという話もある。

 ただ現状では、平昌五輪は新政権にとって、功績になるより、重荷になる可能性が高い。まずは、盛り上がらない状況をどう改善するかが、喫緊の課題である。

 文在寅大統領にしても、彼を支持する人たちにしても、期待しているのが北朝鮮だろう。前の革新政権である金大中や盧武鉉政権の時は、2002年の釜山アジア大会や2003年の大邱ユニバーシードに北朝鮮は、美女軍団と呼ばれた応援団を含めて参加し、大会の盛り上げに貢献した。

 ただし、北朝鮮に対する視線は、2つの大会ではかなり違うことを、取材して感じた。朝鮮戦争の時の避難民が多く暮らす釜山では、老人たちが北朝鮮の故郷を懐かしみ、温かい目で見ていたのが印象的だった。

 一方、見た目の盛り上がりとは裏腹に、朝鮮戦争の時、北朝鮮の人民軍の南進を食い止めた大邱の人たちには、反共、保守の意識が強く、北朝鮮の選手団、応援団に厳しい視線もあった。

 また釜山には北朝鮮出身の老人を探すのに苦労しないほど多くいるが、そうした人に話を聞くと、故郷や故郷に残した家族への思いは強いものの、戦争を起こした金日成や息子の正日への憎悪も強かった。しかし、幼少期に避難した人や、韓国で生まれた避難民の2世は、親の故郷や家族への思いを強く受け止めた人と、憎悪も含めて受け継いだ人に分かれる気がする。報道などでみる限りは、避難民2世の文大統領は、前者の傾向が強いように思う。

 よほどのことがない限り、平昌五輪に北朝鮮選手団は参加するだろう。スポーツの国際大会は、軍事面以外で、北朝鮮の存在を世界に広める、数少ない機会だからだ。先月には、平壌で開催されたサッカーの女子アジアカップの予選に韓国も参加したし、平昌五輪の会場で行われた女子アイスホッケーの世界選手権ディビジョンⅡグループAの大会には、北朝鮮も参加した。

 しかしながら、北朝鮮に融和的な人たちが期待する、応援団を含めての派遣の可能性は低い。そもそも五輪の出場権を得ている選手がおらず、おそらく、特別枠での出場になるため、参加するにしても小規模になるはずだ。

 また、2014年の仁川アジア大会に北朝鮮は、選手団のみを派遣したが、韓国の一般の人たちの反応は随分冷めていた。大会開催の意義を高めるためにも、文政権や支持者たちは、五輪を通して北朝鮮との交流の機会を最大限に生かそうとするだろうが、それを成果に結びつけるのは、容易でない。

 平昌五輪は大会運営費の不足も言われている。これまでなら、困った時の財閥支援であったが、財閥への風当たりが強い現在では、財閥からの支援は期待薄だ。といって、それに替わる金づるがあるわけではない。結局スポーツ振興くじ頼みとなるのだろうが、TOTOは、打ち出の小槌ではない。

 さらに、韓国内の冬季スポーツへの関心は、一部の種目を除いて高くないので、隣国である日本や中国の観客を期待するしかないだろう。それには、隣国との良好な関係が不可欠だ。

 文在寅政権は、理念先行の印象を受ける。ただ実際の行政には、現実と折り合いをつけることも重要である。大会まで270日余りと迫った平昌五輪は、文在寅政権が、現実と向き合う姿勢を問う試金石になるかもしれない。

 

 

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