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2017年3月24日 (金)

元日本ハムのヒルマン監督、韓国でも成功するか?

 今回のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、アメリカが初優勝し幕を閉じたが、1次ラウンドで敗退した韓国にとっては、WBCはもう遠い過去の話になっている。韓国のプロ野球は331日の開幕に向けて、オープン戦が行われている。

 韓国のプロ野球は今年、10球団中4球団で監督が代わった。結果が全てのプロの世界ではあるが、韓国は結果を求めるサイクルが短く、監督交代、新監督の就任自体、珍しいことではない。それでも、SKの新監督の人選は意外であった。SKの新監督は、元日本ハムの監督のヒルマンである。

 韓国のプロ野球で外国人監督とされるのは、2008年にロッテの監督に就任したロイスター以来2人目(土居章助もロッテの監督代行を務めた)である。日本のプロ野球経験者は、元南海の金永徳(日本名・金彦任重)、戦後初めて韓国から日本のプロ野球に入った白仁天、中日でも活躍した宣銅烈、近鉄でプレーした宋一秀(日本名・石山一秀)などがいるが、日本と韓国のプロ野球で監督を務めるのは、初めてのケースである。ヒルマンはロイヤルズの監督も歴任しており、日米韓で監督を務めたことになる。

 ヒルマンが日本ハムの監督に就任したのは、日本ハムの本拠地が東京から札幌に移行する時期であった2003年だった。ヒルマン自身はメジャーの選手経験はなく、選手としての実績はほとんどないものの、指導者としてのキャリアを積み重ねていた。

 当時の日本ハムは、メジャーリーグのようなフロントと現場の分業を目指していたが、その方針を理解する人物として、白羽の矢が立ったという。

 日本ハムの就任した当初は、2004年は3位だったものの、03年と05年は5位と、パッとしたものではなかった。しかしながら、06年と07年はリーグ優勝、特に06年は日本シリーズとアジアシリーズを制した。

 日本ハムの監督に就任した当初、ヒルマンはアメリカ流にこだわった。練習時間は短く、キャンプ中は投手の球数も制限したため、もっと投げたい投手には、不満も多かった。

 最初の3年間の成績を受けて、選手とのコミュニケーションも積極的に行い、球数制限も大幅に緩和した。作戦面では、バントも多用するようになった。こうした変化が、4年目からの好成績につながった。

 ではSKの状況はどうなのか。SKは2007年から黄金時代を迎えていた。当時の監督は、京都で生まれ育ち、韓国では野球の神様を意味する「野神」と呼ばれる金星根であった。金星根は韓国ではデータ野球を最も活用する指導者である。当時のSKは、金星根を伊勢孝夫、福原峰夫、加藤初らの日本人コーチが補佐し、ID野球として知られていた。もっとも、ヤクルトのコーチ時代、野村克也のID野球を支えた伊勢に言わせると、「あれでID野球と言ったら、ノムさん(野村克也)に鼻で笑われる」といったレベルだったようだが、それでも、韓国の中では細かい野球をしていた。

 金星根は2011年、球団のフロントと対立し、解任される。金星根の後を継いだのは、韓国プロ野球草創期のホームラン打者・李萬洙である。李萬洙は豪放磊落な性格で野球ファンの人気が高く、現役引退後は、アメリカでコーチ修業も行っている。

 細かいことにこだわらない李萬洙監督時代、試合中サインを出す回数は、金星根監督時代の半分以下だったという話もある。順位は、李萬洙監督就任1年目の2012年は韓国シリーズに進出したものの、翌年からは順位を落とし、Bクラスに甘んじ、2014年のシーズン終了後退任している。極から極に動いたことで、SKの野球が迷走している中での、ヒルマン監督の就任である。

 ヒルマン監督成功のカギを握るのは、昨年までネクセンの監督を務め、今年からSKの団長(日本の球団代表に相当)に就任した廉京燁である。

 これまで韓国のプロ野球のフロントは、選手経験のない、親会社の人が務めることが多かったが、近年は、フロントを強化するため、選手経験のある人が就任するようになってきた。その中でも、とりわけ注目されているのが、廉京燁である。

 廉京燁は、2013年から昨年までネクセンの監督を務め、戦力的には決して恵まれないネクセンを、常にポストシーズンに進めていた。その廉京燁のSK団長就任は、野球関係者を驚かせた。

 廉京燁が、ヒルマンをしっかり支えれば、SKはかつての栄光を取り戻す可能性がある。逆に、監督としての実績があるだけに、必要以上に現場に介入すれば、チームは機能しなくなる可能性がある。

 ヒルマンは、日本ハム監督時代は4年目に結果を出した。しかし韓国は、そこまで待たない。日本やアメリカでの経験を生かして、いかに韓国に適応するか。

 日本ハム時代のヒルマン監督といえば、試合後、「北海道の皆さんは世界で一番です」と語りかけたり、ギター片手に歌を歌ったりといったファンサービスが印象に残っている。そうした性格は、韓国でも支持されるだろう。ただしそれも、ある程度結果を残していればの話である。

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