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2016年12月14日 (水)

平昌五輪まで1年2か月で起きた朴大統領の弾劾

 あと12か月で平昌五輪が開幕する。冬季スポーツはプレシーズンを迎え、平昌に向けての熱い戦いを繰り広げている。ところが開催国の韓国では、国民の関心は五輪どころではない。

 12月6.7日は国会の聴聞会、9日は朴槿恵大統領の弾劾訴追案が可決するなど、先週の韓国は、歴史に残る1週間であった。

 聴聞会の証言で注目されたのは、朴大統領の友人・崔順実の元側近であるコ・ヨンテであった。コは、崔順実にとって文化体育観光部の元次官である金鍾はどういう存在か、という問いに「随行秘書」と答えている。

 コ・ヨンテは1998年のバンコク・アジア大会のフェンシング団体の金メダリストで、元ホストであり、カバン製造会社を営んでいた。

 一方金鍾は、韓国のスポーツビジネスの第1人者で、メディアにもしばしば登場していた。漢陽大学の芸術・体育学部の学部長であった2013年にスポーツの所轄官庁である文化体育観光部の次官に就任すると、スポーツ界に絶大な影響力を持ち、「スポーツ界の大統領」とも呼ばれていた。そうした実力者が、崔順実の前では、随行秘書、いわば、カバン持ちであったということだ。

 とはいえ、金鍾のスポーツ界での力は絶大である。サムスングループ傘下である第一企画のスポーツ統括社長であるキム・ジェヨルとの面談では、崔順実が作らせた冬季スポーツ英才センターに、サムスングループから16億ウォン(約16000万円)を拠出させている。

 キム・ジェヨルは金鍾からの支援金の要請に対し、「心的なプレッシャーを感じ、支援をした方が良いと判断した」と語っている(金鍾はキム・ジェヨルの話を否定している)。

 キム・ジェヨルは、東亜日報の創業者で、高麗大の中興の祖である金性洙のひ孫で、サムスングループ総帥の李健熙の次女の夫である一方、大韓スケート連盟の会長で、ソチ五輪の韓国選手団の団長であり、国際スケート連盟の執行委員を兼ねるなど、韓国スポーツ界のプリンスである。そして、いずれIOC委員になると目されている。

 朴槿恵政権誕生前の世間一般が感じる社会的な地位は、キム・ジェヨル、金鍾、コ・ヨンテの順であっただろう。しかし崔順実との距離で、その順序は逆転した感じだ。しかも、聴聞会で答弁がしどろもどろになる様子は、キム・ジェヨルのイメージに、大きなダメージを与えることになった。

 今回のスキャンダルで、財閥への批判は一段と強くなったが、それでなくても資金不足がいわれる平昌五輪を成功させるには、財閥の支援が必要なのも確かだ。これまで、オリンピックやアジア大会、サッカーのワールドカップといった国際大会の開催は、韓国の国際的な地位を高めることになり、それを支援することで、財閥の社会的イメージも上がるという相乗効果で資金が回っていた。けれども、崔順実の利権が絡んだことで平昌五輪のイメージは悪くなり、財閥としても支援をためらう状況にある。

 また平昌五輪の成功には財閥からの支援が必要だということで、20147月から組織委員会の会長を韓進グループの総帥である趙亮鎬が務めていたが、文化体育観光部との摩擦により、今年の5月に辞任している。趙亮鎬は国会の聴聞会で金鍾徳文化体育観光部長官から、「辞任しろという通報を受けた」と証言している。金鍾徳は、崔順実の元側近のチャ・ウンテクが推薦して文化体育観光部長官になった人物である。

 趙亮鎬の後釜の組織委員会の会長には、元経済閣僚である李熙範が就任した。李熙範がどのような経緯で会長に就任したかは分からない。しかし前会長の辞任の経緯に加え、金鍾徳、金鍾のラインで選出されたとなれば、印象は良くない。

 それでなくても過去のスポーツ大会では、政権が変わると組織委員会の会長も変わるということは、よくあった。朴大統領の弾劾訴追案が憲法裁判所でどう判断されるか分からない。ただ弾劾が正式に決まれば、李熙範も変わる可能性が高い。問題は、大統領選挙がいつあるか分からないことだ。憲法裁判所の決定がどんなに早くても、平昌五輪までは時間がない。誰がなっても、混乱は避けられないだろう。

 ソウル五輪を13か月後に控えた87年6月、民主化を求めるデモは、学生にサラリーマンまでも巻き込み膨れ上がった。そして政権側に、大統領の直接選挙制を認めさせ、韓国の民主化は前進した。

 朴槿恵大統領の弾劾をもたらした今回のピープルパワーは、87年のデモ以来の規模であり、成果であった。

 876月のデモを見て、こんな所で本当にオリンピックを開けるのかと思った外国人は、少なからずいた。それにデモをした学生の中には、ソウル五輪は全斗煥政権の愚民化政策の一環だと否定的な見方をする人もいた。それでも国民には期待感や高揚感があり、ソウル五輪は韓国人にとって大成功であった。

 五輪を1年数か月後に控えた今回、同じような大衆行動が起きた。しかしながら、五輪に同じような期待感、高揚感を感じるには、韓国社会は変わり過ぎている。

 

 

 

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