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2016年11月 2日 (水)

韓国政治の混迷と平昌五輪

 いわゆる「崔順実ゲート」で韓国政治は大揺れである。韓国のポータルサイトでも「下野」「弾劾」「ラスプーチン」といった言葉が、検索ランクの上位に並んだ。ことの始まりは、40年以上前にさかのぼるこの事件、ドラマとしてなら非常に面白いが、現実に起きたことであるだけに、韓国の国民だけでなく、関係国などもたまったものではない。

 そもそも朴槿恵大統領と崔順実が近づくきっかけになったのは、朴大統領の母親が、流れ弾により死亡した、1974年8月15日のいわゆる「文世光事件」だったとされる。この事件も、かなり謎が多い事件ではあるが、この事件を契機に、朴槿恵と崔順実の父親である崔太敏が近づいたことは、かなり問題になっていたようだ。

 1990年代、韓国でベストセラーになり、日本でも講談社から翻訳本が出ている『実録KCIA~南山と呼ばれた男たち』(金忠植著、鶴眞輔訳)には、このあたりのことが、詳しく書かれている。

 当時KCIAの部長であった金載圭は、崔太敏が朴槿恵に影響を与えている問題で、父親である当時の朴正熙大統領に崔太敏の利権介入やセックス・スキャンダルなど違法行為を報告したところ、「槿恵が崔太敏をかばい、逆に金載圭部長が閣下の前で質問を浴びせられ、恥をかく羽目になった。

 天下の情報部長が、”エセ牧師”と顔を合わせて言い争いをしたということは、実に情けない屈辱だった」(「実録KCIA」)とあり、この本では、情報部捜査担当局長の陳述として、「金載圭部長は、”崔のように百害あって一利なしの者は、交通事故にでも遭って死んでもらうべきだ”と憎悪を表わした」とあり、「朴大統領の家族、いわゆるロイヤルファミリーのために生じた金載圭のストレスも、一〇・二六の一因だったと当時の情報部の幹部たちは証言している」と書かれている。

 一〇・二六とは、1979年10月26日起きた朴正熙大統領暗殺事件であり、暗殺したのが、KCIA部長であった金載圭であった。朴正熙大統領暗殺に関しては、大統領警護室長であった車智澈との対立など、いろいろ言われているが、この本では、朴槿恵と崔太敏の関係によるストレスも、その一つとしている。

 母親と父親を殺害され、父親の周辺にいた人たちも背を向ける中、朴槿恵を支えたのは、崔太敏、崔順実親子であったようだ。権力を失った瞬間、多くの人は離れていくが、それでも朴正熙の子供の状況は、見られている。そうした時、朴槿恵と崔親子の関係に対する周囲の視線は、決して好ましいものではなかっただろう。

 崔太敏は1994年に死亡するが、朴槿恵との関係は、崔順実と、ともに再婚した関係である鄭允会夫婦に引き継がれた。韓国は1997年に金融経済危機を迎え、外貨がほとんど底をつくなど、経済破綻の危機を迎えていた。こうした中、韓国の経済成長を成し遂げた朴正熙への郷愁が高まっていた。そこに1998年に朴槿恵が国会議員の補欠選挙で当選し、政治の表舞台に登場してきた。この立候補を支えたのも、崔順実夫妻だったという。

 朴槿恵は2013年に大統領に就任するが、この時は主に鄭允会の存在が注目されていたが、夫婦で朴政権に関わっていたようだ。

 鄭允会の不正の影がささやかれたのは、スポーツに関してだった。2014年に開催された仁川アジア大会にまだ高校生だった娘が、国家代表選手に選抜される。この選抜過程で、韓国の乗馬協会の人事にまで介入したとされ、問題になった。

 仁川アジア大会では、鄭允会、崔順実の娘は、馬術の団体で金メダルを獲得している。現在、崔順実がサングラスをかけた動画がたびたび放送されているが、これは仁川アジア大会の時のものだ。どの種類かは分からないが、首に仁川アジア大会のIDカードをかけている。

 仁川アジア大会の頃には、鄭允会、崔順実夫婦は離婚していたようだが、夫婦は、朴槿恵政権誕生当時から、スポーツ界に深く関与していたようだ。2013年にはスポーツの所轄官庁である文化体育観光部の幹部が更迭または辞任に追い込まれ、大学教授など、外部の人間が次官など、幹部に就任した。また崔順実の側近として検察の調査を受けたコ・ヨンテと言う人物は、フェンシングの元韓国代表で、1998年のバンコクアジア大会で、団体の金メダルを獲得している。

 朴槿恵政権のスポーツ行政で力点を置かれたのが、不正の追放と、学校の部活を軸とした少数エリート主義を脱し、スポーツクラブを中心として、エリートスポーツと、市民スポーツを融合させることだ。

 審判の買収や八百長、判定や、選手選抜の不正など、是正すべき課題が多いのは間違いない。しかし、行政官庁自体の不正が疑われていては、改革は進まない。

 また、朴正熙政権時代に始まる、韓国スポーツの少数エリート主義は、もはや限界に達しており、選手層を広げるためには、市民スポーツとの融合は不可欠である。しかし、韓国スポーツの現状を無視し、リオ五輪直前の大事な時期にエリートスポーツの団体である大韓体育会と市民スポーツの団体である生活体育会が統合されたのは、何か不自然であった。

 そうした中、先月行われた2つの団体が統合された新生大韓体育会の会長選挙では、エリートスポーツの立場から、文化体育観光部が推し進める統合に反対してきた元水泳連盟会長である、イ・ギフンが当選した。所轄官庁と対立する立場の人物が当選するのは、異例なことである。けれども、水泳連盟自体、公金横領など、不正が問題になっていた団体で、水泳関係者の中からイギフンの会長就任に反対の声があるというから、韓国のスポーツ界は、前途多難である。

 また今回崔順実の存在が表に出るきっかけになったKスポーツ財団であるが、学校スポーツの対案として、各地に設立を推進しているKスポーツクラブの運営にも深く関わっているという。

 スポーツ界の不正追放も、スポーツクラブ設立も、方針としては正しいが、いわくつきの人間が関与することにより、完全に歪んでしまった。

 さらに1年数カ月に迫った平昌五輪にしても、開閉会式の会場建設や、施設の運営、マスコットの選定など、様々な利権に崔順実が関与したことが疑われている。マスコットは文化体育観光部、ひいては背後で糸を引く崔順実が推し進めた珍島犬の案は退けられ、虎と熊になったが、組織委員会と文化体育観光部の対立は尾を引いたようだ。今年の5月、組織委員会の会長である趙亮鎬韓進グループ会長が、組織委員会の会長を突然辞任した。これは、韓進海運の経営悪化が原因とされていたが、こうした利権に関する文化体育観光部との対立が本当の理由であったという報道もされている。

 さらに平昌五輪の開会式の開会宣言は誰がやるのかも、以前から問題になっていた。平昌五輪の時は、朴槿恵政権の任期中ではあるは、次期大統領は決まっており、閉会式の日に次期大統領の就任式も行われる予定とされている。もともと自分の実績にならない平昌五輪には、朴槿恵政権は熱心でなかったと言われている。そこに、この利権疑惑である。

 これでは大会に向けて、盛り上がりようがない。平昌五輪に向けて盛り上がっている数少ないパーツが、不動産関連である。今まで山間へき地とされてきた平昌を含む江原道であるが、五輪を契機に交通インフラが整備され、便利になることは間違いない。新聞には平昌、江原道などの不動産関連の広告をが連日掲げられている。その平昌に崔順実も不動産を持っているという。

 2002年のサッカーワールドカップの時は、船頭多くして、の感があったが、今回は船頭なく迷走の感じすらしてきた。

 船頭がいようがいまいが、アスリートたちは、平昌五輪に向けて汗を流している。混乱の中でも、その汗に報いる大会にすることが、最低限求められている。それは、船頭多くしての感がある、4年後の東京も同じである。

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