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2016年3月 2日 (水)

平昌五輪と帰化選手

 平昌五輪の開幕まで2年足らずとなった。相変わらず、工期の遅れは懸念されているものの、先月には、開催が危ぶまれていたアルペンスキーのW杯を無事開催するなど、懸念一辺倒であった昨年に比べれば、多少は明るい兆しもある。

 選手強化の面でも韓国は、スピードスケートとショートトラック以外は、ほとんど実績がなかったが、このシーズンでは、男子ボブスレー2人乗りのウォン・ユンジョン、ソ・ヨンウ組が世界ランク1位となり、男子スケルトンのユン・ソンビンが世界ランクの2位になった。ノルディックスキーの世界ジュニア選手権では、キム・マグナスが銀メダル2個を獲得している。キム・マグナスは、父親がノルウェー人、母親が韓国人で、韓国籍を選択し、平昌五輪を目指している。

 フィギュアスケートは、キム・ヨナの空白はあまりに大きいものの、パク・ソヨンが四大陸選手権の女子シングルで4位になった。キム・ヨナ以前であれば、快挙とされる成績である。スキーのモーグルでは、釜山生まれで、アメリカ人の養子になり、トリノ五輪で銅メダルを獲得して話題になったドーソンがコーチになるなど、強化を進めている。

 そして強化の成果が、出始めているのが、男子のアイスホッケーである。先月の28日、東京・東伏見のダイドードリンコアイスアリーナで行われた、アジアリーグ、レギュラーリーグの最終戦である安養ハルラと、王子イーグルスの試合を取材した。

 現代系のハルラの会長である鄭夢元は、大韓アイスホッケー協会の会長であり、韓国代表も安養ハルラから多数輩出している。

 その安養ハルラであるが、レギュラーリーグは1位でポストシーズンに進出し、王子イーグルスとの試合も、6-0で圧勝した。この試合で印象に残っているのは、帰化選手でない、韓国育ちの選手が、積極的に得点に絡んでいることであった。ほんの数年前まで、韓国の選手は、守りからのカウンターということが多かったが、この試合では、攻守に王子を圧倒した。

 とはいえ、安養ハルラであれ、韓国代表であれ、海外からの帰化選手が中心になっていることは変わらない。韓国では原則二重国籍は認めていないが、国威発揚が期待できるなど、特別なケースに限り、「特別帰化」が認められている。現在、アイスホッケーの特別帰化選手は4人。さらにもう1人、2人加わる可能性がある。

 韓国は単一民族意識が強い国であった。しかし、少子高齢化が進む中、積極的に多文化政策を行っている。とはいえ、長年染みついた、外国人に対する差別意識は根強くある。そうした中で、スポーツは先行事例でもある。

 韓国の帰化選手といえば、華僑などの在韓外国人であった。サッカーKリーグでプレーしていた選手の中に、韓国に帰化する選手が出始め、女子卓球の練習パートナーとして韓国で活動した唐イェソが帰化して北京五輪に韓国代表として出場した。さらに、男子バスケットボールでは、アメリカ人の父親と韓国人の母親の間に生まれ、アメリカで活動していた選手が、韓国人選手としてプロリーグだけでなく、代表選手としても活躍するようになった。

 そしてアイスホッケーである。帰化制度にはいろいろな意見があるものの、アイスホッケーの場合は、平昌五輪に出場するためには、選択の余地はなかった。韓国のアイスホッケーは、世界レベルとは差があったため、当初国際アイスホッケー連盟は、韓国を開催地枠で出場させるのに、難色を示していたという。そのため韓国側は、外国選手を帰化させるなど、あらゆる方法を用いて強化していることをアピールすることで、平昌五輪の出場が認められた。また韓国に帰化するカナダやアメリカの選手にしても、生まれ育った国の代表で五輪に出るのは困難である以上、韓国への帰化は絶好の機会であり、双方の思惑は一致している。

 問題となっているのは、ケニア出身のマラソン選手であるエルベのケースである。エルベは2012年のソウル国際マラソンで大会記録となる2時間5分37秒で優勝し、昨年の同大会でも優勝すると、韓国への帰化の意志を明らかにした。

 もっとも韓国で開催された大会に4度出場し、現在は国際陸連の基準を満たすため、韓国の地方自治体チームで活動しているとはいえ、それ以前は、韓国に長期滞在したことはなかった。しかも、エルベには2012年末にドーピング違反で資格停止になったことがあり、2015年1月に復帰したばかりであった。韓国では、資格停止が解除されて3年は代表に選ばれない規則がある。そのため、エルベの特別帰化は、現在保留になっている。もっとも当人は、呉走韓(オ・ジュハン)という韓国名まで作り、帰化に積極的である。呉は韓国のコーチの名前である。

 ただしエルベの場合、ドーピング問題以外にも、ネックになっているのが、韓国におけるマラソンの特殊性である。日本の植民地支配下にあった1936年のベルリン五輪で、韓国の孫基禎が日本選手として優勝した。民族の栄光と、植民地支配の悲哀を同時に感じさせただけにマラソンは、民族の魂を受け継ぐスポーツとされ、1992年のバルセロナ五輪で黄永祚が優勝した時は、孫基禎の「恨」を晴らす優勝といわれた。その黄も、エルべの帰化は、韓国マラソンの将来のためにならないと、反対している。

 種目によって、受け止め方は違うものの、アイスホッケーの帰化選手は、非常に期待されている。現実には1勝するのも困難であるが、彼らの活躍は、韓国人の多文化に対する意識に影響を与えるかもしれない。

 2014年の仁川アジア大会は、外国人が多く暮らす地域であったため、スタンドに韓国の国際化を感じたが、平昌五輪は、選手に国際化を感じることになりそうだ。選手の国際化は、国威発揚が中心であった韓国人のスポーツ意識にも変化をもたらすかもしれない。

 

 

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