2017年12月 7日 (木)

平昌五輪、北朝鮮頼みが招く北朝鮮リスク

 1988年のソウル五輪では、ソ連の参加が大きな焦点になっていた。韓国と北朝鮮は長い間勢力を誇示する競争を繰り広げてきたが、韓国の経済成長が軌道に乗ってきた1980年代、南北の差は、はっきりし始めていた。

 そうした状況で、共産圏の盟主であるソ連がソウル五輪に参加することは、北朝鮮にとって決定的なダメージであった。金日成主席はゴルバチョフ書記長に、参加しないよう要請したが、拒否されたと言われる。ソウル五輪では、日本やアメリカはヒールであり、ソ連には、観客から声援が送られていた。

 ソ連が崩壊した後も、その中心であるロシアは、相変わらずスポーツ大国である。韓国でソウル五輪以来、30年ぶりに開催されるオリンピックである平昌五輪でロシアは、ドーピング問題により、国としての参加が禁止されることが決まった。

 ロシアが参加しないことは、それでなくても盛り上がらない平昌五輪に、また大きな難題を抱えたことを意味する。

 ドーピングで汚染された疑いのある選手が参加することは、大会の価値を下げることになる。その一方で、注目の選手が参加しないことも、大会の価値を下げることであり、平昌五輪は、ジレンマを抱えたまま、状況は厳しくなる一方だ。

 参加といえば、北朝鮮問題も大きい。北朝鮮は唯一自力で出場権を獲得したフィギュアスケートのペアで、出場の意思を示さないまま、期限が過ぎた。これにより北朝鮮は、フィギュアスケート・ペアの出場権を放棄したことになる。

 まだ特別枠での出場の可能性があるので、出場の可能性がなくなったわけではない。出場するにしても少人数の選手団になるだけに、逆にギリギリまで、態度表明を伸ばすことが可能だとも言える。

 そもそも北朝鮮は、出場の意思を十分に持っていたのではないか。4月には、平昌五輪の会場である江陵で開催された女子アイスホッケーの世界選手権、ディビジョン2・グループAの大会に、北朝鮮も参加している。同じ時期に平壌で開催された女子サッカーのアジアカップの予選に韓国も参加し、平壌に韓国の国歌が流れ、国旗が掲揚された。2013年に平壌で開催された重量挙げのアジアクラブ選手権で一度あるものの、これは極めて異例のことである。

 孤立を深める北朝鮮にとって、スポーツは軍事的な問題でなく、自国の存在をアピールできる数少ない機会である。金正恩体制になった後も、国防委員会所属でスポーツ担当機関である「国家体育指導委員会」を新設するなど、力を入れてきた。

 そうした中、5月に韓国では文在寅政権が誕生した。文政権は、北朝鮮に平昌五輪への参加と、一部種目の南北統一チームの結成などを呼び掛けた。

 文政権はもともと、北朝鮮に融和的な人たちの支持を受けて当選を果たしたものの、ミサイル発射や核実験などで、北朝鮮には厳しい態度を取らざるを得ない。平昌五輪は、北朝鮮に融和的な態度を示すことができる数少ない機会である。また北朝鮮の参加で、盛り上がりに欠ける平昌五輪の関心を高めることも期待されている。

 しかも、開幕まで2カ月余りとなった先月29日、北朝鮮がミサイルを発射した。オリンピック、パラリンピックが終わる318日までの間、北朝鮮が新たな挑発行為に出れば、緊張がますます高まるし、挑発がなければないで不気味な沈黙として、落ち着かない状況が続くに違いない。だからこそ、大会の安全な開催のために、北朝鮮の参加を求める声も大きい。

 国際社会で孤立を深めている北朝鮮にとって、平昌五輪は、歓迎されている数少ない機会であると同時に、最高のカードになっている。

 北朝鮮の権力者が何を考えているか、読めない部分はあるものの、平昌五輪そのものに対する妨害行為は、致命的な孤立を招くだけに行わないと思う。

 それでも、参加の可能性を残しながら、揺さぶることで、何かを得ようとする可能性は十分ある。北朝鮮の平昌五輪の参加をより切実に願っているのは、北朝鮮よりも韓国の方であるからだ。韓国は北朝鮮に足元をみられている状況だ。

 文在寅政権にとって、北朝鮮参加への思いが強いだけに、かえって平昌五輪開幕ギリギリまで、北朝鮮に揺さぶられるリスクを負いそうな感じがする。

 

 

2017年11月24日 (金)

宣銅烈コリアの成果と課題

 1116日から19日まで東京ドームで開催されたアジアプロ野球チャンピオンシップで韓国は、日本に選手層の違いをみせつけられ2位になったものの、10年近くほとんど動かなかった韓国野球の時計が、ようやく動き始めたことを感じさせた。

 野球の韓国代表は、2006年の第1回、2009年の第2回、そして今年の第4回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、ベテランの金寅植が監督を務めていた。金は選手としてはプロ経験がなく、1982年に始まる韓国のプロ野球において、指導者の第1世代である。そして、選手の第1世代である宣銅烈らがコーチとして金を補佐していた。

 今回は「野球国宝」と呼ばれ、韓国のプロ野球草創期の大スターで、中日でも活躍した宣銅烈が満を持して監督に就任し、現役を引退してからそれほど経っていない陳甲龍や、中日でもプレーした李鍾範ら、選手時代にWBCなどを経験した若手の指導者がコーチになり、コーチングスタッフが大幅に若返った。

 今回の大会規定は、24歳以下か、入団3年以内の選手となっている。これは韓国にとって、好都合であった。

 韓国はここ10年近く、代表チームの中心メンバーがほとんど変わらず、世代交代が遅れている。そうした中、来年はジャカルタでアジア大会が開催される。

 日本はアマチュアの選手を中心にメンバーを構成し、さほど重視していないが、韓国は優勝すれば、兵役が免除になるだけに、非常に重要な大会である。といって、兵役問題が解決していない若手だけで露骨にメンバーを組むと、批判を浴びる。そういった意味で今回は、若手が国際試合の経験を積み、実績を残す絶好の機会であった。

 今年も韓国のプロ野球は極端な打高投低であったが、投手陣で光ったのは、台湾を8回途中まで被安打3の無失点に抑えた林起映(KIA)だ。サイドから力のある球を投げる、ヤクルトでもプレーした林昌勇(KIA)らに通ずる、韓国のお家芸といった感じの投手だ。台湾が苦手とするタイプで、起用が見事に当たった。

 2012年のU18韓国代表のメンバーでもある張現植(NC)も、シーズンは9勝9敗、防御率5.29という成績ながら、初戦の日本戦で好投し、可能性を感じさせた。

 その一方で、今シーズン12勝を挙げ、エースとして決勝戦の日本戦に先発した朴世雄は、4回途中で降板。交代で登板した投手もことごとく結果を残せず、投手陣の層の薄さを露呈した。

 U18のW杯やアジア選手権をみていても、韓国の投手には上半身の強さに対して下半身が不安定で、ボールのリリースポイントが定まっていない投手が目につく。その傾向は、プロに入った後もさほど変わっていない。

 打者で光ったのは李政厚と金ハソン(いずれもネクセン)だ。今年、ルーキー最多安打を記録した李政厚は、今回コーチである李鍾範の息子。ボールをバットに載せる技術に優れ、台湾戦では、決勝の三塁打を放った。李は、昨年U18のアジア選手権に出場しており、打撃センスでは、韓国代表の中で抜きん出ていた。

 広島の薮田和樹から本塁打を放った金ハソンは、2013年のU18韓国代表。ネクセンの正遊撃手であった姜正浩がメジャーに進出したために空いた穴を見事に埋めて、今回の代表の中ではただ1人、今年のWBCにも出場している。

 今シーズン打率.3633位になった朴珉宇(NC)は、決勝戦こそ安打はなかったが、予選リーグの日本戦、台湾戦では2安打ずつ記録。1番打者らしく、投手に多くの球を投げさせる、相手にとって嫌なタイプの打者だった。

 この3人は目立っていたが、他の選手は物足りなかった。馴染みのない投手と対戦する国際試合は、そうそう打てるものではない。とはいえ、初戦の日本戦の10安打はともかく、台湾戦は4安打、決勝戦は3安打と、打てなさ過ぎた。シーズンとのギャップはあまりに大きい。

 今回選ばれた若手のメンバーから、どれだけ来年のアジア大会のメンバーに残れるか。今回結果を残せなかった選手は、来シーズンはよほど頑張らないと厳しいだろう。兵役は大きな問題であるだけに、2020年の東京五輪の前に、そこが韓国プロ野球に重要な課題となってくる。

2017年11月 2日 (木)

韓国人の聖火へのこだわり

 平昌五輪開幕100日前となった111日、聖火が韓国に上陸した。仁川国際空港に到着したチャーター便から降りる、フィギュアスケートの金メダリストであるキム・ヨナと、所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官が手にした聖火を、李洛淵国務総理が出迎えるという、超ⅤIP級の歓待ぶりだ。

 韓国女子フィギュアの有望選手であるユ・ヨンが、韓国内での最初の聖火ランナーになり、小平奈緒との金メダルをかけた対決が注目される女子スピードスケートのイ・サンファや有名芸能人らが初日の聖火ランナーになった。

 聖火リレーの距離は、2018年の開催にちなみ、2018キロ。聖火ランナーの数は、北朝鮮も含めた人口、約7500万人を象徴して、7500人と、韓国らしいこだわりである。

 韓国人は聖火に関心が高いので、大会の広報、雰囲気の盛り上げには一定の効果があるだろう。ただ、懸案の入場券の売り上げに効果があるかは、疑問である。

 オリンピックで聖火リレーが行われたのは、ナチス・ドイツの政権下で開催されたベルリン五輪であった。この大会に、日本選手団の役員として参加した李相佰は、聖火リレーに強い感銘を受けた。

 以前も取り上げたことがあるが、李相佰は戦前、早稲田大学に留学した韓国人で、早稲田大学ではバスケットボール部の主将や監督を務めた。英語が堪能で、アメリカのバスケットボールの最新の理論を日本に持ち込む一方で、日本バスケットボール協会の創設にも貢献した。バスケットボール協会創設後は、協会の常務理事とともに、大日本体育協会(現日本体育協会)の理事にもなり、ベルリン五輪には、本部役員として参加した。

 1940年に招致が決まった東京五輪では、組織委員会の競技部参与に就任。早稲田大学では津田左右吉に師事した歴史学者でもある李相佰は、ベルリンでの感動から、聖火をアテネからシルクロードを通る聖火リレーを計画していたという。1940年の聖火リレーは、戦争により幻に終わった。

 李相佰は解放前に祖国に戻り、解放後は、大日本体育協会の役員として培った人脈を基に、韓国のIOC(国際オリンピック委員会)加盟に尽力した、「韓国のクーベルタン」とも呼ばれる人物だ。

 聖火にこだわりを持つ李相佰は、韓国の国体である全国体育大会で、1955年から聖火リレーを行うようにした。採火の場所は、民族の始祖と呼ばれ、神話の存在である檀君が祭祀を行った場所とされる、仁川に隣接した江華島の摩尼山の山頂にある塹星壇で行い、それは今日でも続いている。さらにここ十数年の全国体育大会での聖火の最終点火は、オリンピックばりの派手なものになっている。

 聖火にこだわりが強い分、悲劇を含め、聖火にまつわる、様々なエピソードがある。

 1988年のソウル五輪では、最終点火者が3人と凝ったものになったが、点火の際、先に放たれていた鳩がまる焦げになったのは有名な話だ。

 民主化に向かいつつあったものの、まだ軍事政権の時代であったソウル五輪の聖火リレーでは、リレーのコースの周辺にあったバラックは強制的に壊された。そして住んでいた人は、古代人のように、穴を掘って暮らしたという。

 2002年に釜山で開催されたアジア大会では、参加各国に、それぞれの国で採火した火を持って来るように求めた。アジアの火を一つに集めるという趣旨だったが、独自に採火しなければならない参加国のオリンピック委員会には、不評だったようだ。

 2014年の仁川アジア大会では、火と水の調和ということで、聖火台が噴水の中央に火が灯る構造になっていたが、大会の途中で火が消えるハプニングがあった。

 しかも聖火の最終点火者の1人が、女優のイ・ヨンエであったことを問題視する人が多く、大会のプレスセンターで行われた閉会式の記者会見では記者からは、閉会式に関する質問はほとんど出ないで、開会式の聖火点火者がイ・ヨンエであったことに、質問や意見が集中したという話を、現場にいた記者から聞いた。

 果たして平昌五輪の聖火では、どのようなエピソードを残すだろうか。開会式会場の聖火台はカバーに覆われ、点火の方式などはベールに包まれている。

 ただ一つ推察できるのは、最終点火者は、キム・ヨナだろうということだ。韓国の冬季スポーツでは唯一と言っていいほどの世界的な知名度により、五輪招致に果たした役割、五輪広報での貢献などを考えれば、他の人物は考えにくい。もっとも、聖火には凝りたいお国柄だけに、思わぬ人物が登場するかもしれないが、それはそれで、ハプニングと言っていいのではないか。

 

2017年10月27日 (金)

日韓それぞれのドラフト会議

 今年もドラフト会議が終わった。注目の清宮幸太郎(早稲田実)は7球団の競合の末、日本ハムが交渉権を獲得した。

 清宮は、入学式から数日後の春季都大会3回戦の駒大高戦から、常に多くの観衆とメディアに囲まれながら試合をし、結果を出してきた。はっきり聞き取りやすい話し方で、ポイントを外さない受け答えなど、私も取材者の1人として、感心することが多かった。それにしも、高校の野球部生活は短いなと感じる。プロの世界での活躍を期待したい。

 ドラフト会議は、プロもアマチュアも、その成り行きを固唾を呑んで見守るという意味では、日本の野球、最大のイベントと言っていい。ドラフト会議の盛り上がりを支えているのは、プロ野球人気もさることながら、高校野球をはじめとするアマチュア野球への関心の高さだろう。これは、日本独特のものではないだろうか。

 韓国にもドラフト会議はあるが、日本のように注目されることはない。それ以外にも、制度面も含め、日本と異なる点も多い。

 制度面で一番異なるのは、各球団のフランチャイズ地域の高校の選手(出身者を含む)を1人、優先的に指名できる、地域縁故指名の制度があることだ。

 1982年に韓国にプロ野球が誕生したころ、高校野球の人気が非常に高かった。プロ野球は、全斗煥政権下、政府主導で始まったが、行政当局は、この高校野球人気を徹底的に利用することを考えた。それが地域縁故指名のもともとのはじまりであった。

 プロ野球が始まり、人気が高まるのと反比例して、高校野球人気はどんどん落ち込んでいった。韓国の高校野球部は、学校からの支援がほとんどなく、部員の親が、監督の給料をも賄っている状態で、慢性的に資金難である。そのためプロ野球の各球団は、地元の高校チームを支援している。現在の地域縁故制度は、その動機付けという側面がある。

 その分、韓国の高校野球では、プロの意向を無視できない。この夏、U18ワールドカップで韓国は日本を破り準優勝した。これは、優勝した2008年の大会以来の好成績である。その要因となったのが、ドラフト会議の日程変更であった。

 地域縁故指名は6月に行われたが、全体のドラフト会議は、例年なら8月半ばだが、今年はU18の大会が終わった直後の911日に行われた。そのため選手たちは、少しでも上位で指名されるよう、プレーにも力が入った。

 しかも、昨年までのようにドラフト会議の後だと、プロ球団の中には、指名した選手が故障するのを恐れて、選手起用にも干渉することがあったようだ。そうしたしがらみがないことも、好成績の要因とも言われている。

 また、野球に限らず、バスケットボールなどでもそうだが、韓国のドラフト会議で、最も違和感があるのは、プロ志望届を出した人は、原則としてドラフト会議の会場に来ることになっていることだ。今年のドラフトでも、多くの選手が、学校のユニホームを着て参席していた。そして、指名された選手は、指名球団のユニホームを着て、記念写真に応じる。

 しかしドラフト指名は、あくまでも交渉権獲得であって、入団が決まったわけではない。そのうえ、指名されなかった選手は、寂しくさらし者になる。

 日本のプロ野球は、ごく限られた、特別な選手がいくところというイメージがある。それに対して韓国では、高校のチーム数は74であるのに対し、各球団は、地域縁故指名の1人を加え、11人、10球団なので、計110人が指名される。高校の野球部員は、プロに行くことを前提にしている。そのうえメディアも、指名が予想される選手のいる学校の記者を派遣するなど、面倒なことはしない。そこで選手の方を呼んでいるわけだが、選手の側の立場の弱さを感じる。

 なお、ドラフト指名の選手の数が多いのは、韓国には兵役制度があることも影響している。

 プロの世界は入ってからの競争がさらに激しい。上位、下位問わず、日韓それぞれのドラフト指名選手から、球界を盛り上げるスター選手が育ってほしいものだ。

2017年10月22日 (日)

今年も極端な打高投低の韓国プロ野球

 日本シリーズ進出をかけたクライマックスシリーズもいよいよ大詰めだが、1リーグ制の韓国では、25日から始まる韓国シリーズに、シーズン1位のKIAと、プレーオフなどを勝ち抜いた斗山が対戦することが決まった。

 韓国ではまず、シーズン4位のNCと5位のSKが2戦先勝(4位に1勝のアドバンテージ)のワイルドカード決定戦が行われ、勝ったNCとシーズン3位のロッテが3戦先勝の準プレーオフを、その勝者・NCとシーズン2位の斗山で3戦先勝のプレーオフが行われ、31敗で斗山が勝ち、韓国シリーズに進出することになった。

 ワイルドカード決定戦から韓国シリーズにかけての、いわゆるポストシーズンが、韓国のプロ野球が最も盛り上がる時期ではあるが、試合の内容をみると、準プレーオフに1-0という試合があるものの、ほかはあきれるばかりの乱打戦ばかりだ。

 プレーオフ第1戦は13-5でNC,第2戦は17-7で斗山、第3戦は14-3で斗山、第4戦は14―5で斗山といったように、勝利チームはいずれも二桁得点、両チームの得点の合計も20点前後というラグビースコアだ。第2戦では、両翼100メートル、センター125メートルと広いソウルの蚕室野球場で、本塁打が8本も飛び出した。韓国シリーズ進出が決まった第4戦では、斗山の呉在一が本塁打4本を記録したのをはじめ、6本の本塁打が飛び出した。

 以前にも書いたが、韓国のプロ野球は今、極端な打高投低である。今シーズン、打率3割を超える打者は、打率.370でトップの金善彬(KIA)の.をはじめとして33人。セ・リーグの7人、パ・リーグの2人と比べると、あまりに対照的だ。

 その半面防御率では、トップのフェアバンド(kt)が3.04で、2位の張元準(斗山)が3.14。シーズン前、DeNA入りの報道もあった梁玹種(KIA)は、206敗という成績で、KIAのシーズン1位に貢献したが、防御率は3.44と、決していい数字ではない。

 ちなみにセ・リーグでは菅野智之(巨人)の1.59のほか、2点台が5人、パ・リーグでは菊池雄星(西武)1.97のほか、2点台が4人いる。日本と韓国では、試合における1点の重みが異なり、韓国ではどうしても、空中戦頼みの大味な野球になりがちだ。

 原因としては、これまでも指摘してきたように、若手投手が育たないという現実、ストライクゾーンの広さ、監督の志向など、いろいろ考えられる。それに、徹底したパワーアップがある。

 韓国の野球選手は、下半身の強化よりも、上体の筋力アップにウエートを置きがちだ。それは、ユニホームを着た状態でも、十分に推測できるほどはっきりしている。

 こうした韓国の状況をみていて気になるのは、日本の高校野球である。近年高校の強豪校は、たくさん食べて、ウエートトレーニングを多くこなし、筋力アップを重視している。その結果、この夏の甲子園大会では、大会記録となる68本もの本塁打が飛び出し、大量点の試合も多かった。

 昨年の夏は好投手が多かったので、今年の夏は極端な現象なのかもしれない。それでも、強豪校におけるパワー重視の傾向には変わりはない。

 サッカー、バレーボールなど、多くの球技で議論になるのが、日本人も韓国人も体が大きくなったとはいえ欧米人にはかなわない。そこで、技術、戦術、チームの連携、コンビネーションなどで、対抗するのか、それとも、こちらもパワーアップして対抗すべきなのかということである。

 おそらくその両方が正解であり、その中でどうバランスをとるかが監督の手腕ということになる。ただし、野球も国際化が進む中、日本や韓国の野球がアメリカなど、世界のパワー野球に対抗するには、1点を大事にする緻密さも必要である。

 28日から始まる日本シリーズはもちろん、25日から始まる韓国シリーズでも、1点を巡る息詰まる攻防を期待したい。

2017年10月13日 (金)

国民打者・李承燁の引き際

 韓国のプロ野球は103日に正規シーズンが終わり、その年のチャンピオンを決めるポストシーズンが行われている。

 秋夕(旧盆)の連休のさなかではあったが、3日のシーズン最後の試合で最も注目されたのが、サムスンの試合だった。「国民打者」と呼ばれた李承燁の現役最後の試合だったからだ。

 日韓の通算本塁打は626本。2003年には王貞治の記録を抜き、当時のアジア記録であった年間の56本の本塁打を放ち、国民的なスター選手になった。

 さらにシドニー五輪や北京五輪、第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)など、国際試合での活躍で、国民的ヒーローの座を確かなものにした。

 また李承燁は、悪い評判が全くと言っていいほどないのも特記すべきことだ。マスコミなどとの関係が円滑なのが、その理由の一つである。私も、シドニー五輪やアテネ五輪のアジア予選の前に、つてを頼りに、李承燁の取材を申し込んだところ、絶対に無理との答えだった。しかし現地に行き、本人に直接頼むと、あっさり応じてくれた。

 李承燁という選手の存在は、韓国のプロ野球が、野武士のような選手が集まった草創期から、産業化が進む今日への橋渡しにもなった。かつて韓国のプロ野球は、大学を経由するのが一般的であったが、李承燁が高卒として成功を収めたことで、高校からすぐにプロに入るのが、一般化した。

 李承燁の最後のシーズンとなった今年の成績は、打率.280、本塁打24本、打点87。本塁打は、外国人選手以外では、チームトップの数字で、まだまだやれると思う。最後の試合では、2本の本塁打を放っている。けれども、今シーズンで引退することは、シーズン前から決まっていたことで、サムスンのビジターの試合の各球場の最終戦では、記念のセレモニーが行われた。

 考えてみれば、李承燁ほどのスター選手で、何の後腐れなく、さわやかに去っていた選手も珍しい。

 韓国のプロ野球で、打のスターが李承燁なら、投のスターは宣銅烈や朴賛浩ということになる。

 宣は、中日を優勝に導いた1999年を最後に現役を引退した。本当は、もう少し現役を続けたかったとも言われている。しかし、当時宣は、ヘテ(現KIA)からレンタル移籍の形で、中日で活動していた。再契約する場合、中日が追加の費用を支払うことを、ヘテ側から求められるのなど、関係者の間がギクシャクする中で、現役の続行が困難になったとも言われている。

 宣が指導者の現場に就いたのは、ヘテ時代の監督であった金應龍が監督であったサムスンのヘッドコーチに就任した2004年のこと。翌年から同チームの監督に就任している。

 宣は出身地の光州では、絶対的な存在であるが、地元球団の監督に就任したのは、ヘテからKIAに変わった後の2012年のことである。

 韓国では所属チームのスター選手が、そのままチームのコーチや監督になるというケースは、そう多くない。かつて韓国プロ野球のあるコーチが、「韓国では、選手も球団側も、距離が近くて嫌なところを見過ぎたからだ」と、その理由を解説してくれたことある。

 スター選手という面では、韓国人メジャーリーガー第1号の朴賛浩も特別な存在である。朴のドジャースでの活躍は、韓国人のアメリカ進出の道を開き、柳賢振(ドジャース)や金廣鉉(SK)ら、後輩の選手たちに大きな影響を及ぼした。

 朴はオリックスを経て、2012年に故郷のチームであるハンファに移籍した。そして、その年の11月末に引退発表を行っている。ところが、この年は新生のNC球団発足に伴い、各球団の保護枠(40人)を除く選手を、NCをはじめとする他球団が指名できる、いわゆる2次ドラフトが1122日に行われた。

 朴が進退に関する態度をはっきりしていなかったため、朴は保護選手の40人に含まれていた。そして、若手の有望選手が1人、2次ドラフトを通して他球団に持っていかれた。

 翌年、ハンファのキャンプを取材した時、コーチの1人が、「辞めるのなら、早く言ってくれないと、困るんだよな」と嘆いていた。大物の引退としては、決断の時期が遅かったことで、後味の悪さがあった。

 その点、今回の李承燁は、引退が早過ぎるのではという思いがあっても、引き際としては、ベストに近いのではないだろうか。

 問題は今後である。遠からず、コーチ・監督として、現場に復帰するだろう。ただ監督就任は焦らず、指導者経験を積むことが重要だ。とはいえ、いずれは自分の地位を脅かすであろう、大物コーチを受け入れる監督がいるだろうか。宣銅烈も、そのため現場復帰が遅れた面もある。

 それなら、日本でコーチとしての経験を積むのも、李承燁本人だけでなく、日本や韓国のプロ野球にとって、悪い話ではないと思うのだが。

2017年9月28日 (木)

開幕が近づく平昌に行く(2)競技会場はほぼ完成したが……

 私が平昌に行った時、海岸に近い江陵では半袖でも十分だったが、高地にある平昌に着くと、薄手のジャンパーを着て丁度良いくらいに、気温が下がっていた。

 ネットで検索したように、午前10時を少し過ぎたあたりに、横渓のバスターミナルからアルペンシアに向かうバスが到着した。1日4、5本というバスなら、日本の地方都市でもそうだが、客は少ない。アルペンシアに向かうバスに乗った客は、私1人だった。

 アルペンシアはリゾート地なので、通常は団体のバスで直行する。公共交通機関を利用する人は多くないのは理解するが、オリンピック開幕まで5カ月足らずということを考えると、やはり物寂しい。

 バスは開閉会式の会場であるオリンピックスタジアムや選手村を通る。選手村は、建物はほぼできているが、建物周辺の整備を行っているという感じだ。

 20分ほどでアルペンシアに到着した。海と山の違いはあっても、韓国のリゾート地である。雰囲気は済州島とどことなく似ている。ただ、表に大韓障碍人体育会平昌トレーニングセンターと書かれ、多くのトレーニング器具が置かれた、パラリンピック選手強化のための建物があったり、柱に冬季種目国家代表専用宿所という表示がされた建物があったりするあたりは、韓国の冬季スポーツの本場といった感じがする。

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アルペンシアリゾート

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パラリンピック選手のトレーニングセンター

 アルペンシアリゾートに隣接した敷地には国際放送センターであるIBCの建物がある。その隣には、巨大なテント張りの建物がある。位置関係からして、プレスセンターだろう。これまで韓国の国際スポーツ大会は、コンベンションセンターを使うことが多かったが、このテント張りの建物は、かなり異彩を放っている。

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国際放送センター(IBC)

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プレスセンターと思われる建物

 リゾート地の背後にはゲレンデがあるが、私が行った日は、あいにくの天気だったので、ほとんどが雲に覆われていた。

 アルペンシアリゾートから、ジャンプ会場まで歩いて30分ほどかかる。途中、ボブスレーなどが行われるスライディングセンターが見える。建設費用や大会後の維持費を巡り、建設が問題となった施設であるが、コースそのものは、出来上がっているようだ。現在は、会場整備の工事が行われている。

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ボブスレー競技などの会場

 長野五輪のボブスレー会場は、2018年以降は、氷を張らず、運用を休止する予定で、長野五輪の負の遺産の象徴になっている。ボブスレー、リュージュ、スケルトンといったソリ系競技の人口が日本以上に少ない韓国で、維持していくのは容易ではない。

 ジャンプ会場へは、緩やかな上り坂を歩いて行くことになる。ゴルフ場の横を歩いて、しばらくするとジャンプ会場に着く。

 このジャンプ会場、アウトランの部分に芝生が敷かれ、ジャンプ台方向を除く三方をスタンドで囲う構造になっており、サッカー・Kリーグ、江原FCがホームの競技場として使っている。

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Kリーグの試合も行われるジャンプ会場

 ジャンプ会場のすぐ隣に、クロスカントリーやバイアスロン競技の会場がある。クロスカントリーのコースの一部は、ゴルフ場のコースの端を通っている。そのため、ゴルフ場の照明が、グリーンと反対側を向いている所がある。

 ジャンプ台の展望台は大会のシンボル的な存在であり、アルペンシアリゾートはもちろん、横渓のバスターミナル近くにあるオリンピックスタジアムからも見ることができる。私が行った日は、天気が悪かったこともあり、展望台が見えたり隠れたりを繰り返していた。

 高地ゆえ、天気が悪ければ、雲や霧に隠れやすいのは仕方ない。しかしここは、それに加えて風が強い。ジャンプ会場から少し離れた所で見ていると、展望台が一瞬見えたかと思うと、すぐ隠れるといったことを繰り返していた。これは競技者泣かせであり、試技の順番によって、運不運がかなり出るような感じがする。

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見えたり隠れたりを繰り返すジャンプの展望台

 自然破壊が問題となった滑降競技の会場である旌善会場にも足を伸ばしたかったが、時間がなかったので、江陵に戻った。

 江陵の市役所の上には、大きな五輪マークが掲げられており、大会組織委員会など、五輪関連施設といった雰囲気になっている。

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庁舎の上に五輪マークを掲げる江陵市役所

 かつては、古びた地方都市という感じだった江陵だが、五輪に向けて整備されたこともあり、街の中は随分小ぎれいになった気がする。

 スケート競技の施設が集まるオリンピックパークは、市街地を少し離れ、有名な観光地である烏竹軒、船橋荘、鏡浦台の近くにある。

 スタジアムの周辺には、新しいアパートが立ち並んでいる。タクシーの運転手が、「江陵は人口が減りつつあるのに、あんなに建ててどうするのかね」とあきれていた。

 スポーツ施設の周りの開発が進み、アパートなどが建つといった光景は、サッカーW杯、アジア大会、ユニバーシードなど、韓国で開催された国際大会を取材してきた私には、馴染みのある風景である。新設の施設が立ち並ぶ、スポーツパークもまたしかりである。

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フィギュアスケートなどの会場

 その一方で、大会後の活用の仕方は頭痛の種である。地方の中小都市に、スピードスケート、フィギュアスケート・ショートトラック、カーリング、アイスホッケー2個と、5個のスケート場はやはり過大である。広域開催など、開催自治体の負担を減らすことを考えないと、冬季五輪の持続的な開催自体が危うくなる。

 年末までに高速鉄道・KTXが予定通り開業できるか、競技施設を安全に運用できるかなど、まだ不安材料があるのは確かだ。それでも、一時の準備状況の遅れを考えれば、よくここまで持ち直したとも言える。

 しかし、大会が盛り上がりに欠けるのは相変わらず。しかも最近、北朝鮮情勢が緊迫する中で、平昌五輪への選手派遣を躊躇する国も出始めている。こうした動きは、決して軽視できない。国単位での派遣中止はそうないと思うが、参加を拒否する選手が出る可能性は十分にある。

 MERS(中東呼吸器症候群)の韓国内での感染拡大が懸念される中で開催された2015年の光州ユニバーシアードでは、優勝候補であったロシアの新体操の選手が、参加しなかった。

 ここまで準備してきたのだから、無事に大会を終えてほしいが、盛り上がりに欠ける韓国内、朝鮮半島情勢に対する海外の不安な視線など、問題解決の糸口が見いだせないまま、開催の日は刻一刻と近づいている。

2017年9月22日 (金)

開幕が近づく平昌に行く(1)平昌は今、工事中

 平昌五輪開幕まで140日となったが、「平昌」という文字は、韓国よりも日本の方で多く見かける気がする。金浦空港やソウル駅などに公式グッズの売り場があるが、立ち寄る人はあまりいない。

 では現地はどうなのか。先週韓国に行く機会があったので、短時間ではあるが、平昌にも足を伸ばしてみた。平昌の今を、2回に分けて書いてみたい。

 平昌には、スケート会場でもある江陵を拠点に回ってみた。江陵には今回が4回目になるが、かつては、山また山を越える、難コースのイメージがある。しかし今回は、新しいトンネルもできて、随分便利になった。

 ソウルから江陵に行った時は、渋滞に巻き込まれて3時間を超えたが、江陵から東ソウルのバスターミナルへは、2時間40分で行けた。かつてに比べると1時間近い短縮だ。途中のトンネルは一部工事中で、赤いランプと警報音が鳴り続けており、軍事施設に入ったような感じがする。

 年末にはKTXも開通する予定なので、山に阻まれ、陸の孤島のイメージがあった江原道も変わっていくだろう。ただそれは、そうした地理的条件ゆえに残っていた、この地域の良さを、消す可能性もある。

 韓国の新聞も見ると、平昌五輪そのものの記事は多くないが、不動産や開発関連の広告はよく目にする。実際平昌に近づくと、新たに開発された地域や、ペンションのような建物が目立つようになった。

 平昌付近の高速道路には、「霧に注意」の看板もあった。スキー競技の開催地である平昌は、霧が多い地域だ。

 江陵など東海岸の地域は、海流の影響もあり、冬場はソウルなどより、気温が高い。しかし、江陵市と平昌郡の境界に位置する大関嶺の山々は、韓国で最も寒い地域の一つだ。狭いエリアで、標高の高低差によるもの以上の温度差があるので、風も強く、霧も発生しやすい。

 私が平昌に行った日は、曇りに小雨のあいにくの天気。それは天気予報で分かっていたので、残念だったが、実際の競技は悪天候の中で行われることもあるので、それを見ておくのも悪くないと、気を取り直して、江陵のバスターミナルから、平昌に向かった。

 開閉会式が行われるオリンピックスタジアムや、メイン会場の一つであるアルペンシアリゾートには、横渓のバスターミナルが拠点になる。

 コンビニと乗車券売り場などが入った小さなターミナルの建物は、まだ真新しい。バスは2台停車するのがやっとで、トイレは仮設という、田舎のバスターミナルといったところだが、江原道内だけでなく、ソウルに向かうバスも発着する、この地域の交通の拠点でもある。

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横渓のバスターミナル

 横渓バスターミナルから、開閉会式が行われるオリンピックスタジアムへは、歩いていける距離にある。スタジアムに向かう途中の歩道は、ほとんどはがされ、新しいブロックを敷き詰める工事が各所で行われている。韓国では土台の工事がしっかりしておらず、敷き詰めたブロックが波打つことがよくある。やるなら、そこはしっかりやってもらいたい。

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 オリンピック、パラリンピックの開閉会式の会場を巡っては、すったもんだがあった。最初はジャンプ会場を予定していたが、小さいとIOCに蹴られ、政府は江陵にある、プロサッカー(Kリーグ)の試合も行われる総合競技場の改築を提案していたが、これでは江陵オリンピックになると、平昌の地域住民が反発した結果、オリンピック、パラリンピックの開閉会式のための、新スタジアムが作られることになった。

 新スタジアムの35000席のうち大半は仮設で、大会後は5000席ほどを残して、イベント会場などに使われるという。

 2014年の仁川アジア大会の時も、ワールドカップの時に使った競技場で開閉会式を行うか、新設するかでもめた末、スタンドの多くを仮設にした、新スタジアムを建設した。

 開会式は国をアピールする絶好の機会であり、面子にこだわる国民性ゆえの過剰投資のように思う。国立競技場を新設する日本も、人のことはあまり言えないが……。

 オリンピックスタジアムの周辺はもともと農村であったことは、歩いてみるとよく分かる。その一方で、都会風の建物が建ち、住宅なのか、リゾートマンションなのか分からないが、アパートの建設も進む。こうした建物が、大会後どうなるか、気になるところだ。

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スタジアムの近くを流れる川の対岸

 オリンピックスタジアムは、仮設スタンドが多い割には、外観は思った以上に立派であった。

 大会中は、様々なイベントが行われる予定とはいえ、パラリンピックの開閉会式も含め、3万5000席のこの施設の晴れ舞台は、4回しかない。スタンドの大半に屋根がないなどの問題があるだけに、施設建設の苦労が報われるかは、お天気次第のところがある。

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 横渓のバスターミナルから、メイン会場のアルペンシアリゾートに行くバスは、現在のところ1日4、5本しかない。ネットで調べると、始発が午前10時であることだけが分かった。そのため、10時のバスで、アルペンシアリゾートに向かった。それについては、次回に記したい。(続く)

2017年9月 5日 (火)

早大と高麗大、意味ある交流の明るくない展望

 サッカーW杯のアジア最終予選は、残り2試合の結果いかんでは、日韓のプレーオフ対決の可能性もあったが、日本がオーストラリに勝って本大会出場を決めたため、なくなった。日韓戦が盛り上がるのは確かだが、今日の情勢を考えれば、負ければ本大会出場の可能性が完全に消えるプレーオフ対決を回避できたのは、良かったと言うべきだろう。

 2日(土)、家からさほど遠くない東伏見で、メディアではほとんど報じられない、日韓の試合があった。野球の早稲田大学と高麗大学の定期戦である。

 日本と韓国を代表する私学である早稲田大学と高麗大学は、1973年に学術交流協定を結び、本格的な交流を始めたが、それ以前から両校の交流は盛んであった。

 サッカーでは、戦前は日本代表選手として活躍した金容植と裵宗鎬は、ともに高麗大学の前身である普成専門を出た後、早稲田大学に留学している。そもそも高麗大学中興の祖であった金性洙は、早稲田大学の出身である。

 野球では、戦前朝鮮半島から早稲田大学に入った人はほとんどいないが、数少ない1人で、解放後は韓国野球のボス的存在であった金永祚は、解放後も、元日本高校野球連盟会長の佐伯達夫や、元早稲田大学野球部監督の石井藤吉郎など、早稲田大学出身のアマチュア野球の大物と交流し、日韓の架け橋になった。そして金永祚の息子は、高麗大学の野球部で活躍した。

 こうしたつながりが、今も続いていることは、非常に意味がある。

 韓国では、20年ほど前までは、大学を経てプロに行くのが当たり前であり、大学野球のレベルは高かった。私がソウルに留学していた1990年代半ばには、後に巨人でプレーした趙成珉(故人)が、長身から速球を投げていたし、少し後には、韓国野球を代表する強打者の金東柱(元斗山)らがいた。粗削りだが、パワフルな野球をしていたことが印象的だった。この夏韓国代表監督に就任した、元中日の宣銅烈も高麗大学の出身である。

 しかし、この20年弱の間に状況は変わり、高校からプロに行くのが当たり前になり、大学では、高校の時にプロに指名されなかったという選手が大半を占めるようになった。

 韓国では911日にドラフト会議があるが、近年は、指名されるのはほとんどが高校生で、そこにメジャーを夢見てアメリカに渡り、挫折した帰国組がちらほら混じるという感じで、大学生はごく少数という傾向が続いている。

 2日の試合では、高麗大学の先発は、先日台湾で開催されたユニバーシアードにおける韓国代表の林亮燮で、キレのあるボールを投げ、立ち上がりと5回に1点ずつ失ったものの、まずまずの投球をしたが、続く投手が打たれて、4-1で早稲田大学が勝利した。

 早稲田大学は、この秋こそは、投手陣の柱としての活躍が期待される大竹耕太郎が、立ち上がり制球が乱れて失点したものの、高麗大学の打線にさほど迫力がなかったこともあり、松本皓、二山陽平の早実コンビに、早大本庄出身の野口陸良とつないで、得点を許さなかった。

 基本的に大半のスポーツの日韓戦は、日本のうまさと韓国の力強さの対決に、試合の面白さがあったが、近年、そうした構図は変わろうとしている。

 今回の試合でも、試合が始まる前と後、ホームプレート前に整列する高麗大学の選手を見ても、体の大きな選手は少なくなったという感じがする。

 そのうえ、昨年の秋以降、韓国を揺るがせた崔順実ゲートの余波で、大学スポーツに対する当局の監視が厳しくなり、大学スポーツはさらに困難な状況に追い込まれる可能性がある。

 日韓関係が思わしくない中、メディアがほとんど注目しなくても、地道に続いているこうした民間交流は非常に大切である。しかし、こうした交流をより意味のあるものにするためには、互いのレベルの高さというのは必要である。

 早稲田大学と高麗大学の交流は、野球だけでなく、サッカーやラグビーなど様々な競技で続いているが、韓国の大学スポーツ界の状況は、そうした交流の先行きに、やや影を落としているような気がする。

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試合前の整列。赤いユニホームが高麗大

 

2017年8月30日 (水)

韓国のエース・金軟景、グランチャンバレー欠場の事情

 水泳、陸上に続き、バドミントン、柔道など、この時期は、各競技で国際大会が盛んに行われている。95日からは東京、名古屋でバレーボールのワールドグランドチャンピオンカップ(グラチャンバレー)が開催される。開催国・日本に各大陸のチャンピオン、それにワイルドカード(推薦)の男女各6チームが参加して行われるこの大会に韓国は、男子は出場できないものの、女子はワイルドカードの枠で出場する。

 しかし韓国の出場メンバーには、韓国女子バレーの絶対的なエースである金軟景(キム・ヨンギョン)の名は含まれていない。

 韓国代表のメンバーには、カタカナで書けばキム・ヨンギョンと書く選手はいる。しかし、今回出場するキム・ヨンギョンの「ン」の文字は、ハングルで書けば「」であるのに対し、エースアタッカーの方は、「」であり、文字が違うし、今回出場するキム・ヨンギョンは、アタッカーでなく、守備専門のリベロである。

 韓国の女子バレーは、リオ五輪では通訳がいないなど、サポート体制の不備が指摘されていたが、このところ、代表を巡っては、不協和音が絶えない。

 女子バレーボールでは、ワールドグランプリからアジア選手権と、国際大会が続いたが、韓国の所属チームの協力が得られず、負傷などを理由に辞退者が相次ぎ、14人のエントリー枠を満たさず、123人で試合に出ることもあった。こうした事態に金軟景は、「李在英は出なければならない」と、アジア選手権を欠場している次期エースを非難する発言をし、物議を醸した。

 この発言について金軟景は帰国後、李在英を非難しているのではなく、代表チームの管理システムについて問題提起したという趣旨の発言をしている。

 実際バレーボールの日程は、ぎっしり詰まっている。国内のリーグが終わるや、ワールドグランプリ、アジア選手権、グラチャンバレー、世界選手権のアジア予選と続き、終わればすぐに国内リーグと、休む間もない。

 当然大会によって、出場選手が違ってもいいが、それには、この大会は若手中心といったような、代表チーム運営の方針が必要である。大会ごとに出られる選手を出すというのでは、自己犠牲して、真面目に出ている選手が割を食い、不満が高まることになる。今回はそれが、金軟景であったわけだ。

 1990年代頃までは、ほとんどの競技が代表チーム中心であり、代表の試合や練習がない時に、所属チームに還すということが一般的だった。しかし2004年からバレーボールもプロ化し、所属チームの意向、抵抗が強くなり、代表チームが思うように運営できなくなった。

 さらに問題なのは、代表チームの方も、代表チーム中心だった時代の権威主義的傾向から抜けきらず、所属チームとの意思疎通が十分に取れていないことだ。

 金軟景ら、国際大会に出続けている選手を休ませるため、今回のグラチャンバレーは、欠場することになった。金軟景だけでなく、梁孝真など主力は大挙抜けることになる。その代わり、アジア選手権を欠場した李在英らは、今回は出場する。

 それでなくても五輪の翌年は、世代交代も図らなければならないし、代表運営が難しい時期である。ただそれにしても、韓国では代表チームをどうしたいのか、方針が見えないチーム構成になっているのも確かだ。

 金軟景らは、920日から始まる世界選手権(2018年、日本)のアジア予選に出場する。

 ただ世界選手権の出場権を得たとしても問題が残る。世界選手権は来年の930日から。しかしその約1カ月前に、ジャカルタでアジア競技大会が開催される。韓国としては、アジア競技大会は五輪に次ぎ重視する大会だ。となると、世界選手権にどこまで力を入れられるかということが問題になる可能性がある。

 国際大会のスケジュールが過密で、改善が必要なのは確か。ただそのスケジュールを前提に、どう代表チームを構成するかを考えるのは、各国のバレーボール協会の役割である。

 しかしながらそれにしても、バレーボールに限ったことではないが、韓国のスポーツ界で、太極旗が軽くなっていると感じざるを得ない。

 

 

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