2018年2月18日 (日)

冬季五輪開催地の非日常~江陵編

 約1週間の平昌五輪の現地取材を終え、日本に戻ってきた。テレビを見る限りでは、韓国より、日本の方が盛り上がっているような感じがする。それでも現地は、普段とは違う、非日常の中にある。

 活動の拠点にしたのは、氷上種目が行われている江陵だった。大会前に懸念されたのは、宿泊施設不足であ。山の中の平昌はもちろん、人口約20万人の江陵も泊まる所は少なく、モーテルなどの料金が10倍以上跳ね上がっているという噂あった。

 そのため、現地に行く予定のあるソウル在住の友人に依頼し、江陵の中心部から少し離れた所にある、13万ウォン(約3000円)の海辺のゲストハウスを紹介してもらった。

 ゲストハウスは相部屋ではあるが、この時期3万ウォンならありがたい。しかしオーバーブッキングだった。江陵宿泊の最初の日、開会式を見たため帰りが遅かった私は、床の上に寝るしかなかった。

 翌日、江陵駅まで出たついでに、ダメもとで駅周辺のモーテルを当たってみた。すると入ったモーテルの1軒目で、15万ウォンの部屋が見つかった。入口の価格表には、週末7万ウォン、平日5万ウォンになっており、私が行ったのが土曜日だったが、5泊するということで、全日5万ウォンにしてもらった。ゲストハウスの3万ウォンに比べると高いが、利便性を考えると、結果としてはほとんど変わらない。

 江陵市内で会った大会ボランティアに、駅前で5万ウォンの宿に泊まっているという話をすると、驚いた表情で、「安いですね。この間カナダ人に聞いたら、駅前のモーテルに120万ウォンで泊っていると言っていました。暖房は効いていますか?テレビはありますか?インターネットは使えますか?」と言われた。もちろん宿泊するのに、何の不自由のない部屋だった。

 5万ウォンでも、通常よりは1、2万ウォン上乗せしている。私が泊まった2日目には、入口の料金表が10万ウォンになり、その翌日に5万ウォンに戻っていた。駅前の宿泊業者にすれば、平昌五輪はまたとない儲けるチャンスであったが、思ったほど宿泊客がおらず、宿泊価格が乱高下しているようだった。

 宿泊客が思ったほど集まらなかった要因として、料金が高いという評判がかなり広まっていたことに加え、昨年1222日に江陵とソウルの清涼里を1時間40分弱で結ぶ高速鉄道・KTXが開通し、ソウルからの日帰りが可能になったことがある。そのため江陵駅は、常に大勢の人でごった返していた。

 KTXが開通する前は、ソウルから鉄道で6時間なのに対し、高速バスだと3時間ほどだったので、交通の拠点は市外バスターミナルを併設した高速バスターミナルの方だった。実際、食堂やコンビニなど、旅行者が必要とする店は、バスターミナルの方に多い。

 それに対して、新たに建設された江陵駅の構内には、食堂とコンビニはそれぞれ1軒ずつだけで、いつも賑わっている。駅に外にも食堂は少なく、テントで立食のフードコートが作られていた。コンビニも、駅の近くには1軒だけ。深夜観戦帰りの人たちが押し掛けると、満員電車のような状況になった。その一方で、バスターミナル側の食堂やコンビニには人が少なく、KTXの開通で、街の人の流れが、完全に変わったようだった。

 旅行者にとっては、開催地のバス料金が無料なのはありがたかった。これは、渋滞解消のため、ナンバーの末尾が偶数か奇数かで通行制限をする2部制を実施するのに伴い、公共交通機関の利用を促すための措置である。

 また江陵市内には、競技施設の大半が集まるオリンピックパークと、女子アイスホッケーが行われる関東ホッケーセンターの2か所があるが、両方とも江陵駅や高速バスターミナルからシャトルバスが頻繁に出ている。こちらも、江陵駅発は混んでいるが、高速バスターミナル発は、乗っている人がほとんどいなかった。

 オリンピックパークに入るのには、2000ウォンで入場券を買う必要がった。最初の日曜日である11日には、入場券売り場に行列ができ、午後2時過ぎには、売り切れになった。

 オリンピックパークの中には、スポンサー企業や2020年の東京五輪などの広報館やイベント広場があり、パレードも行われていた。

 公園内では、マスコットのスホランが愛嬌を振りまいている。しかしこのマスコット、のぞき穴の位置に問題があり、自分だけではしっかりと歩けない。ボランティアに支えられて歩く姿は、微笑ましいようであり、痛々しくもあった。

 14日は江陵でも強風が吹き荒れ、オリンピックパーク内の施設が吹き飛ばされたり、閉鎖されたりした。

 江陵は海沿いの町であるので、風が強いこともある。しかし観光地の一つである、海のそばの大きな池のような鏡浦湖は、湖面に夜空の月が、鏡のように映し出されることで有名だ。昔の風流人は、夜空の月と湖面の月、盃の月と恋人の瞳に映る月を愛でたという。山の平昌と違い、江陵は湖面に波が立たないほど、風が穏やかだということだ。

 鏡浦湖の近くには、烏竹軒など観光地も多く、シーズンになると修学旅行生などで賑わう。ドラマや映画のロケ地でもあることから、日本人や中国人も江陵を訪れるようになった。

 私は24年前に初めて来たのを皮切りに、江陵に来るのは今回が5回目だ。街はオリンピックの影響で随分あか抜けてきたが、もともとは、映画館がシネコン1軒、芸術映画用の独立館が1軒しかない、古びた小さな街である。しかしオリンピックの期間中は外国人が増え、街は間違いなく、非日常の中にある。

 それでも、私が江陵での初日に泊まったゲストハウス近くの海岸の看板には、次のような注意書きがあった。「警告 この地域は、軍作戦地域です。(中略)24:00以後には、海岸線の出入りは、一切禁止するようお願いします」

 南北融和が謳われ、江陵の街全体がお祭りムードであっても、北朝鮮に近い地域ゆえの緊張という、変わらぬ日常がそこにはある。

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新設された江陵駅

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オリンピックパーク・江陵駅間のシャトルバス

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オリンピックパークの入場券を求める行列

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ボランティアに支えられて歩くスホラン

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14日、女子アイスホッケーの日本・コリア戦でコリアは1ゴールを挙げた。左派系の「ハンギョレ新聞」は、「待ちに待った初ゴールが決まった…抱き合う南北統一チーム」という見出しを掲げ、第2面のほぼ全面を使い、これを報じた。 一方保守系の「朝鮮日報」は、第3面の左下6分の1くらいのスペースに、「オリンピック初ゴールは入れたが…単一チーム、日本に1対4で完敗」という見出しを掲げたうえ、ゴールについても「唯一のゴールが出た時、氷上に立つ選手は、韓国国家代表だけだった」と指摘し、冷めた見方で報じている。女子アイスホッケーの南北統一チームに関しては、韓国内でも温度差がかなりある。

2018年2月13日 (火)

平昌五輪の開会式、会場内の平和と外の喧騒

 金与正や芸術団などが北に戻り、ようやく大会も落ち着いてくるのではないか。

 9日の開会式は、運よく現場で見ることができた。当日の昼、まず氷上種目の開催都市である江陵に入った。市内でタクシーに乗っていると、モニターに金与正ら北朝鮮一行を乗せた飛行機が仁川国際空港に到着したことを、ニュース速報で伝えている。すると運転手が「全くパルゲニー(アカ野郎)の世の中だ」と吐き捨てるように言った。

 江陵のバスターミナルから、会場に近い横渓のバスターミナルに向かった。バスが高速から一般道に入ると、保守団体が韓国と米国の国旗を振って、反北朝鮮デモを行っている。

 横渓のバスターミナルから会場のオリンピックまでは数100メートルの距離。9月に来た時は、歩道にブロックを敷く工事を行っていたが、今回はしっかり整備されていた。

 どんな国際大会でも、開会式の会場に向かう道は国際色が豊かで、ワクワク感があるものだ。しかし、今回は様子が異なる。会場の入り口近くの交差点では、またしても保守派がデモを行っている。

 彼らがどれくらいの韓国人の声を反映しているかは分からないが、朴槿恵前大統領の弾劾以後、保守派のストレスはかなり溜まっており、今回の北朝鮮に対する一連の動きで、一気に噴き出した感がある。

 手荷物検査で待たされることを覚悟して早めに会場に来たが、意外と早く検査が終わった。一歩場内に入ると、外の喧騒とは離れ、ようやくオリンピックモードに入る。

 通常なら、開会式が始まるかなり前から、席が埋まってくるものだが、今回は寒いので、ほとんど誰も座ろうとしない。寒さをしのぐために設けられた、暖房の効いた「避難スペース」や、ヒーターの周りには、人だかりができている。スタンドはほとんどが仮設なので、トイレなどはスタンドの建物の外にある。

 開会式まで時間があったので、スタンドの建物の外を歩いていると、ちょうど北朝鮮の女性集団が手荷物検査場から出て来て、スタンドに入る前に、整列している。

 これまで、美女軍団を見てきた経験からすると、年齢層がかなり高いので、芸術団の方かと思っていたが、応援団の人も結構いた。どうも今回の応援団、今までと比べると年齢層は高いし、アイスホッケーの試合では、お面応援で物議を醸すなど、反響は芳しくない。

 それでも、開催地である平昌・江陵地域は北朝鮮に近く、もし戦闘が起これば、真っ先に戦場になる地域だけに、北朝鮮へ融和的かどうかはともかく、平穏であることを望んでいることは確かだ。

 寒さが懸念された開会式である。韓国の新聞には、2時間もすると、ペットボトルの水がカチカチに凍ったという報道をみていたので、かなり覚悟していた。まあ、確かに寒かった。でも、心配されていたほどではなかった。私のペットボトルの水も、キンキンに冷えていたが、十分に液体だった。それでも寒かったので、メモを取りながら観る気力はなかった。

 開会式で印象的だったのは、スタンドからの見やすさ、韓国で開催される30年ぶりのオリンピック、平和の強調である。

 このスタジアムは、主にオリンピック、パラリンピックの開閉会式のためだけに作られたものだ。したがって、通常の競技場と違い、舞台装置などが作りやすく、観客としても見やすい。もっとも、話題になった人面鳥はスタンドからは分からなかったが、大きな舞台公演をみているような、臨場感があった。

 もっとも、面子にこだわり、式典好きの韓国人らしい、贅沢な施設であることは確かで、終わった後は大変だと思う。それでも、一番重要なオリンピックの開会式が、まずまずの天気で行われたのは、幸いだった。天気が崩れていれば、キム・ヨナによる、スケートをしての聖火点灯も台無しになるところだった。

 選手入場で最初に流された曲は、1988年のソウル五輪のテーマ曲である「Hand in Hand」。韓国では30年ぶりのオリンピックであることが強調された。ただ30年経ち、時代が変わり、あの当時の熱気はもうない。

 この開会式で強調されたのが、「平和オリンピック」であった。政治はノーだが、平和は素晴しい、といっても、その境はあいまいだ。今回は政治家、権力者が目立ち過ぎた。

 開会式で一番しんみりとした感動があったのは、「イマジン」が歌われた時だ。やはり、この歌の持つ力は素晴しい。「イマジン」が歌われている間に、光を持った人たちが、鳩を形作った。

 30年前のソウル五輪では、鳩が聖火で焼かれる「事件」があった。今回、鳩を放したら、凍死かもしれない。30年前のソウル五輪が強調されたせいか、そんなつまらないことも頭をよぎった。

 それでも、開会式では幻想的で、なかなか見ごたえがあった。「オリンピック賛歌」を聞くと、いよいよ始まるという気持ちが高まる。

 問題は開会式後、宿のある江陵に戻る時だった。観客は一旦、バスの乗り換え場になっている大關嶺の駐車場に誘導される。寒風にさらされる山の中だ。

 そこに、スタンドからバスに乗った人が、次々と集まる。江陵に向かうバスの列に並んであると、カナダ人を中心としたグループが、勝手に別の列を作っている。

 江陵に向かうバスは、20分に1本の割合で来ることになっているがなかなか来ない。そしてバスが来ると、カナダ人らが割り込んできて、大騒ぎになった。

 割り込んだのは、カナダ人だけでないと思うが、赤い帽子をかぶり、体が大きいので、どうしても目立つ。

 ボランティアが整理に当たっていたが、事前に仕切りの柵などを作っていないから、言葉の問題もあり整理不能の状態になった。

 駐車場で1時間ほど待たされた末、激しい押し合いを経て、ようやくバスに乗り込んだ。私は体が大きい方だが、体の弱い人は、なかなか乗れなかったのではないか。

 韓国ではアジア大会やユニバーシアードでも同じようなことがあった。経験がどうも生かされていない。特に今回は、山の中で寒風にさらされただけに、待っている人のイライラが激しかった。

 それにしても、開会式は平和的な雰囲気の中で行われたが、会場に行くまでは保守派のデモ、帰りはバスに乗るためのもみ合いで、騒然としていた。南北融和を強調した平昌五輪は平和的かもしれないが、周りは甘くないという、状況を象徴しているようにも思えた。

 

2018年2月 4日 (日)

平昌五輪、ごく限られた北朝鮮コメントの注目点

 平昌五輪の開幕も、いよいよ迫ってきた。90年代末、韓国が冬季五輪の開催を目指していると聞いて、まさかと思った。当時はスケートのシュートトラック以外でのメダルはなく、施設も、冬季スポーツに対する関心もゼロに等しかったからだ。

 その後、フィギュアスケートのキム・ヨナの登場を経て、スケルトンなどメダル有望種目は増えたものの、冬季スポーツへの関心の低さは相変わらずだ。それでも開幕が近づき、徐々にお祭りムードにはなっているようだ。

 1日には、北朝鮮選手団が韓国に入った。フィギュアスケートのペアで出場するリョム・デオクの笑顔が話題になっているが、取材にはほとんど応じないのは、相変わらずだ。

 釜山アジア大会(2002年)、大邱ユニバーシアード(2003)、仁川アジア大会(2014年)で、北朝鮮の選手を中心に取材をして感じるのは、まず、まともなコメントを期待してはいけないこと。ただ、ごく限られた言葉の中に、それなりの変化を感じさせる言葉が含まれていることがあるということだ。

 金正日時代は、選手たちは「将軍様(金正日)」の教えとして、「胆力(度胸)」という言葉をやたらと使っていた。

 金正恩体制になった後の仁川アジア大会では、重量挙げ・男子56キロ級で優勝したオム・ユンチョルが、「最高司令官、金正恩同志におかれましては、『卵で岩を割ることはできないが、思想を注入すれば割ることができる』という教えを下さいました」と語ったのが、一番インパクトがあった。

 また女子体操の平均台で優勝したキム・ウンヒャンは表彰式の後、涙声で「異国の地で共和国の旗が空高く掲揚されるのは、元帥様(金正恩)が望んでいたことです。元帥様に金メダルを捧げたい」と発言した。釜山アジア大会などで北朝鮮の選手は、韓国を「南の地」と言うことが多かったが、「異国の地」という言葉に、南北が疎遠になっていること再認識した。

 再び融和ムードが演出される中で、今回はどのような発言をするのか。もっとも、北朝鮮の選手が取材に応じるのは、基本的に勝った時だけ。さほど活躍が期待できない今回は、どれだけコメントを残すかが注目される。

 コメントを残さないのは、美女軍団も同じ。大邱ユニバーシアードでは、閉幕が近づいたころ、事前に申請した記者に限り、北朝鮮の応援団と韓国側関係者との懇親会が始まる前の15分だけ、美女軍団への取材が許された。

 私もその中にいたが、韓国についてはどんな質問をしても、「同じ民族と思いました」「早く統一すればいいと感じました」としか言わない。質問をした後に一瞬の間があり、回答マニュアルのうち、どのファイルが一番相応しいか、探しているようですらあった。日本やアメリカに関する質問には、私の方も向いていた首を180度反対方向に動かして、完全に無視された。

 まともな話はできないけれども、まだ質問できる時間が残っていたので、近くに座っていた女性に「みなさん美人が多いですね」と声をかけると、隣の席の女性まで話に加わり、「平壌にはもっと美人が多いですよ」と言うので、「どうしてですか」と聞くと、「空気もいいし、住みやすいからですよ」と自慢げに答えていた。話の内容はともかく、かろうじて会話が成り立ったのは、これだけだった。

 果たして、今回はどうだろうか。冬の装いで登場するのは、今回が初めてなので、ファッションも含めそれなりに注目されるだろう。金正恩時代になってから、どんな変化があるのかも気になるが、彼女たちの声は、どこまでメディアに登場するだろうか。

 こうした北朝鮮代表団を、大会が行われる平昌、江陵の人たちはどのように思っているのだろうか。平昌、江陵から北朝鮮は近い。

 私が江陵に初めて行ったのは、ソウルに留学していた943月のことだ。後に「秋の童話」のロケ地として知られることになる束草から江陵に入ったが、バスが市街地に入る前に、軍人が乗り込んで、不審者がいないか、チェックしていた。かつては、北朝鮮の工作員が江陵の海岸から上陸し、銃撃戦になったこともあった。

 戦争になれば、真っ先に戦場になる地域だけに、平和、平穏であることへの思いは強い。ただ近いだけに、北朝鮮への不信感が強いのも確かだ。

 今回、北朝鮮は選手や応援団だけでなく、芸術団やテコンドー演技団など、韓国の想定を超えた代表団を送り込んできた。私も最初は驚いたが、北朝鮮にすれば、選手団だけ送るよりも、多様な形態の代表団を構成した方が、より韓国側を揺さぶり、自分たちのペースに持っていきやすい。

 韓国では、保守団体を中心に反北朝鮮世論は高まっている。北朝鮮の国旗を燃やすなどのパフォーマンスをする団体もある。こうした動きに対して、北朝鮮は選手団の帰国となると、それなりの覚悟が必要だが、応援団、芸術団ならば活動のボイコットや帰国を示唆して、韓国側を揺さぶることも可能と思っているのではないか。その時、韓国側はどこまで毅然とした対応ができるだろうか。

 北朝鮮に振り回され、オリンピックそのものに影響が出れば、南北融和に否定的な世論を、今まで以上に世界に拡散させる可能性がある。これは、「これでは南北大運動会ではないか」とう批判が出ていた、釜山アジア大会と大邱ユニバーシアードの教訓でもある。加えて、オリンピックは、アジア大会やユニバーシアードとは、注目度が全く異なることも、留意しておく必要がある。

 

 

2018年1月22日 (月)

禍根を残す可能性がある南北合同チームのプロセス

 1989年の夏、平壌では前年に開催されたソウル五輪に対抗すべく、世界青年学生祭典が開催された。平昌五輪の開幕前に、北朝鮮の金剛山で南北合同文化行事を開催することを南北間で合意したということを聞き、規模は全く異なるのであろうが、ソウル五輪と世界青年学生祭典の関係を思い出した。

 平昌五輪を巡る南北間の合意が、想像を超える広範囲でなされている。開会式での南北合同行進には、韓国では保守派を中心に強い反発があるという。2002年の釜山アジア大会の時もそうだった。まして今回はオリンピックなので、反発はもっと強いだろう。行進する南北の人数をどう調整するか、課題もある。ただこれに関しては、韓国の人たちがどう判断するかの問題である。

 しかし、女子アイスホッケーの合同チームには、スポーツを愛する者として、不快感を禁じ得ない。

 IOCがブレーキをかけることを期待したが、追認しただけだった。しかも、韓国選手の23人に、北朝鮮選手12人を加えて構成し、ベンチ入りは22人で、北朝鮮選手を最低3人はベンチ入りさせるというものだ。

 結局、メンバー構成の一番微妙な問題を、セラ・マリー監督に押し付けた格好だ。本番に向けて選手のコンディションを引き上げ、相手チームの分析に力を注ぐ大事な時期に、気の毒なことである。

 合同チームに関しては、昨年6月に北朝鮮の張雄IOC委員が、「アイスホッケーなどを単一チームにする問題もそうです。千葉の卓球世界選手権の時、会談は22回でした。5、6カ月かかりました」と発言した時に、諦めるべき事案であった。今回の合同チームを含めたIOCの合意に張雄委員は、「満足している」と記者団に語ったようだが、本心なのだろうか。

 そもそも今日のオリンピックの球技種目は、開催国枠が保証されているわけではない。日本のバスケットボールも、2年後の東京五輪に出場できるかまだ決まっていない。

 韓国のアイスホッケーについても、国際アイスホッケー連盟は開催国枠に消極的だったと言われる。そのため韓国の男子チームでは、カナダ人などを相次いで帰化させ、強化に本腰を入れていることを示して、出場資格を得ている。現在男子は7人、女子は4人の帰化選手がいる。帰化選手が多いことに批判もあるが、そうしなければ韓国の出場はなかった。

 加えて、男子の韓国系アメリカ人、ジム・ペク(韓国名 ペク・ジョンソン)、ペクの紹介で韓国に来た女子のセラ・マリーの指導で、男女とも実力が目覚ましくアップしている。特に環境に恵まれない女子の場合は、その苦労は並大抵ではない。

 とはいえ平昌五輪では、1勝でもすれば快挙。現実的には、次はいつ出場できるか見当もつかないオリンピックの舞台で、必死のプレーで足跡を残すことに意味があるはずだ。にもかかわらず韓国の李洛淵首相は、「女子のアイスホッケーはメダル圏にない」と発言している。韓国ではメダルに関係のない種目は全く相手にされないので、いかにもという発言ではあるが、それならば、最初から出るべきではなかった。

 しかも文在寅大統領は選手たちの前で、「不人気種目の悲哀を払拭する良い機会になる」と語っている。2003年の大邱ユニバーシアードなど過去の例から考えて、平昌五輪では、北朝鮮に振り回されてトラブルが起きる可能性は十分にある。そうした中での政治リーダーのスポーツに対する思いやりがない発言は、トラブルが起きた時の解決を、より困難にさせるのではないか。

 さらに複雑なのが、オリンピックで「KOREA」といえば、先にIOCに加盟した韓国を指す。北朝鮮の呼称は紆余曲折を経て、「DPRK」となっている。そして今回の開会式での南北合同行進は、「KOREA」として行進する。

 すべての競技種目で合同チームなら「KOREA」の呼称で問題ないのだろうが、女子アイスホッケーだけなので、女子アイスホッケーの合同チームはフランス語表記の「COREE」となる。しかしIOCの公用語の第1言語であるフランス語では、北朝鮮の表記以外はいずれも「COREE」となり、やはりややこしい。

 一般論として、合同チーム、統一チームを結成したからといって、南北融和が大きく前進するとは思わない。しかしながら、朝鮮戦争など朝鮮半島の苦難の歴史、そして何年先になるか分からない統一にしても、混乱は避けられないことを考えると、南北が協力して汗を流した経験は、やはり意味がある。だからこそ、やる時は国民、少なくとも韓国人の多数から歓迎されるものでなければならない。

 今回のような拙速で、強引なやり方だと禍根を残し、統一チーム結成のもっと良いチャンスが来た時に、実現するうえでの阻害要因になりかねない。

2018年1月15日 (月)

美女軍団は平昌に来るのか?

 聖火リレーもソウルに入り、平昌五輪の開幕も近づいてきた。正月に出された金正恩朝鮮労働党委員長の代表団派遣発言により、大会への関心は高まりつつあるが、前回も書いたように、「代表団」というのは、小さくも大きくも捉えることができる表現であった。9日に開かれた南北閣僚級協議で北朝鮮側は、高官や選手、応援団、芸術団、テコンドー演技団、記者団と、韓国側の想定を超えた大規模代表団を派遣することを表明した。一筋縄ではいかない相手だけに、具体的に話を詰める段階で紆余曲折もありそうだが、韓国側にとっては大きな前進と言えるだろう。

 そこで注目されるのが、美女軍団と呼ばれる応援団が本当に来るかどうかである。私は美女軍団が登場した2002年の釜山アジア大会、03年の大邱ユニバーシアード、美女軍団は来なかったが、北朝鮮選手団は参加した14年の仁川アジア大会を、北朝鮮を中心に取材してきただけに、いくつか気になることがある。

 まず何を応援するかである。夏季大会のサッカー、バスケットボール、バレーボールなどでは、歌ったり踊ったりする応援は可能である。柔道などもアジア大会やユニバーシアードレベルでは、北朝鮮の選手も勝ち上がり、しばしば試合をするので、リーダーを中心に統率された応援もできる。しかし水泳の飛び込みのように、集中のための静寂が求められる競技では、応援団に「静かにしてください」という場内アナウンスが流れたこともあった。

 冬季スポーツは、統率された応援が合わない競技が多い。出場がほぼ決まっているフィギュアスケートのペアの場合、応援を披露できるのは、製氷時間くらいである。しかも北朝鮮の選手のランクだと、試技の順番は前の方で早々に終わる。その後は、どうするのだろうか。出場が噂されているクロスカントリーでは、スタートからゴールに近づくまでは、応援が可能かもしれないが……。

 夏季大会の競技の場合は、北朝鮮には柔道や卓球のように、国際大会の出場機会が少ないためランキングは低いけれども実力はある選手が結構いるが、冬季スポーツの場合は、そうした選手がいるようには思えない。それだけに、北朝鮮選手団の規模や実力を考えれば、美女軍団は応援団というよりも、公演団に近いのではないか。

 過去の国際大会でも、公演活動は行われている。釜山アジア大会ではプレスセンターなどのあるコンベンションセンターの隣にある大広場で美女軍団たちの公演があり、広場は、詰めかけた市民で溢れんばかりになった。

 大邱ユニバーシードの時は、大邱タワーのある頭流公園の野球場で、韓国の歌手や学生との合同公演の形で行われ、大会を通して一番の盛り上がりをみせた。

 ただし公演となると、北朝鮮側が金品を要求してくる可能性もある。これまでも相当額が支払われたという話もある。

 けれども今回は、経済制裁のさなかだけに、宿泊費や食費など、サービスの無償提供という形が限界であろう。

 ないとは思うが、最悪なのは裏金を渡すことだ。露見すれば、韓国政府は国内外から批判を浴びるだけでなく、北朝鮮と秘密を共有することで、弱みを握られることにもなる。

 北朝鮮側にとって、経済的メリットがないのであれば、来るとすれば、政治的効果への期待となる。美女軍団や芸術団の訪韓は、韓国内の反北朝鮮感情を和らげる効果はあるだろう。しかし、オリンピックという舞台、それに、現在の北朝鮮の置かれた状況を考えれば、露骨な政治宣伝は難しいだろう。

 釜山アジア大会や大邱ユニバーシアードの公演では、民謡や「口笛」など北朝鮮の歌謡曲、統一の願いを歌った歌などが中心であった。ただ、大邱ユニバーシアードで北朝鮮の女子サッカーが優勝した時は、応援団が「金正日将軍の歌」を歌っていた。

 また問題になるのが、韓国内の反北朝鮮運動への対応だ。大邱ユニバーシアードでは、ソウルであった反北朝鮮集会を理由に、美女軍団は到着予定の日に現れなかった。大会中にも、プレスセンター前で、反北朝鮮集会をしていた団体と、北朝鮮の記者団(私も現場にいたが、記者にはとても見えなかった)の乱闘事件があり、美女軍団が一時応援をボイコットしたことがあった。

 美女軍団は韓国で注目されるだろうが、好意的でない人も少なからずいる。そうした人たちが、どういう行動に出るか。それに対して当局がどう対応するか。「南南葛藤」という、韓国内のイデオロギー対立が表面化すれば、複雑な様相を呈することになる。

 いずれにしても韓国側は、北朝鮮側に相当気を遣うであろう。しかしながら忘れてはならないのは、主役はあくまでも世界各地から集まる選手たちであり、北朝鮮の代表団は、大会の一部分に過ぎないということだ。

 そこで気になるのは、大会まで1カ月もないのに、韓国側からいまだに女子アイスホッケーの南北統一チームの話が出てくることだ。しかも、韓国代表メンバーは既に決まっているので、北朝鮮選手の分の定員増まで求めるという。

 アイスホッケーは選手の交代が自由にできるスポーツである。したがって、エントリーメンバーの数は基本的に同数でないと公平性は保てない。韓国にしても、統一チームにしても、実力的には参加チーム中最低ランクであるが、といって、オリンピックのような公式大会ではあり得ない特別ルールの要望だ。

 過去のケースをみれば、平昌五輪で南北の和解ムードが醸成されたとしても、一時的なものかもしれない。それでも、平和的な雰囲気の中で大会が開催されるのであれば、悪いことではない。とはいえ、あくまでも競技に支障のない範囲内でなければならない。統一チームに対する韓国の前のめりぶりをみるとどうも気にかかる。

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大邱ユニバーシアードの美女軍団。競技場および懇親会の冒頭

 

2018年1月 5日 (金)

1988年のソウルから2018年の平昌へ

 1988年のソウル、98年の長野、2008年の北京と、東アジアでは、末広がりで縁起がいいとされる八の年に、オリンピックが開催されている。そして2018年の今年、平昌で冬季五輪が開催される。

 その元旦、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、平昌五輪に「代表団の派遣など、必要な措置を講じる用意がある」ことを表明した。平昌五輪への北朝鮮の参加を熱望している韓国政府は、この呼びかけにすぐに応じた。

 ただし、金正恩が表明したのは「代表団」であって、「選手団」ではない。IOC委員である張雄に、少数の随行員を加えても代表団だし、仁川アジア大会の閉会式の時のように金正恩の側近である実力者を派遣することもあるし、選手団を派遣することもある。どのような規模、形にするかは今後の交渉次第ということだろう。平昌五輪まで時間はそれほど残されていないが、韓国側には、地に足がついた交渉姿勢が求められる。

 年末年始にかけて韓国で話題になった映画に「1987」という作品がある。19871月、公安の水拷問でソウル大生の朴鍾哲が死亡。この事実が明るみになると、民主化を求めるデモ、いわゆる6月抗争が起き、韓国は民主化へと進む。私はまだこの映画を観ていないが、当局が必死に隠そうとした拷問死がいかに明らかになり、6月抗争に発展したかを描いた作品のようだ。

 私が初めて韓国に行ったのも、1987年の夏だった。当時はまだ全斗煥による軍事政権の時代。至る所に銃を携えた軍人や警官が立ち物々しかった。新興工業国とか、中進国とか呼ばれ、先進国入りも遠くない状況であったが、交差点で信号待ちをしていると、物乞いが駆け寄って来るなど、貧しさも感じられた。それでも、ソウル五輪を翌年に控え、国中が熱気やエネルギーに満ち溢れていた。

 当時の全斗煥政権は、ソウル五輪を成功させ、長期権力の意地を目論んでいたようだ。しかし6月抗争が起きると、戒厳令を敷いての手荒な弾圧は、ソウル五輪にも影響しかねない。いわばオリンピックを人質に取られた形で、国民が求めていた大統領の直接選挙制度を認めざるを得なかった。

 オリンピックのような巨大イベントは、政治家の権力意識をくすぶるが、権力者の思い通りにいかないのも、オリンピックである。

 それでもソウル五輪は、軍事政権の暗いイメージがあった韓国のイメージを一変させ、世界に存在感を示す契機になった。

 そして民主化の方は、1987年12月の選挙では民主化のリーダーである金大中と金泳三がまとまらず、票が分散したため、全斗煥の側近で軍人出身の盧泰愚が大統領に就任したが、93年に金泳三が大統領に就任し、本格化する。

 軍事政権時代、知事や市長は官選であったが、民主化が実現した95年からは、直接選挙で選ばれることになった。

 民選初期の知事や市長は、形に残る実績作りに躍起になった。90年代後半から00年代の初めにかけて、韓国各地にコンベンションセンターや歴史資料館などの箱物が作れた。

 同じ流れの中でメガスポーツイベントが相次いで招致される。2002年の日韓共催のW杯、同年の釜山アジア大会、03年の大邱ユニバーシアード、11年の世界陸上大邱大会、14年の仁川アジア大会、15年の光州ユニバーシアードなどである。

 その中で取り残されたのが、平昌のある江原道であった。2002年のW杯で韓国では、済州島を含めた10都市が会場になったが、江原道は外された。

 ちょうどその時期に開催されたのが98年の長野五輪であった。長野五輪は、ボブスレー会場などが「負の遺産」になるなど問題を残したが、新幹線が開通するなど、インフラが整備された。

 98年から2010年まで江原道知事を務める金振兟は、そのことに刺激を受け、五輪招致に本腰を入れる。そして2度の落選を経て、11年に平昌五輪の招致に成功する。そしてソウルと平昌、江陵を結ぶKTXが開通するなど、インフラ整備の目的は、ある程度達成された。

 けれども、ソウル五輪から平昌五輪までの30年の間に、韓国は大きく変わった。ソウル五輪や日韓共催のW杯の頃の韓国は、スポーツイベントは、そのイベント自体の収支よりも、外観を飾り、発展し、躍動感のある姿を海外にみせることで、国のブランド価値を高めるという宣伝効果の方に重きを置いていた。実際、この両イベントの宣伝効果は抜群であった。

 ところが、イベントも数を重ねると宣伝効果は減少し、イベントそのものの収支が問われることになる。その転機になったのが、14年の仁川アジア大会であった。

 韓国ではアジア大会もメガスポーツイベントとして重視されてきたが、オリンピックやW杯を経験した国民にとっては、大したイベントではなくなっていた。しかも大会の赤字により、住民福祉の予算までが削られると知らされると、メガスポーツイベントに対する韓国での熱気は、急速に冷めていった。

 韓国では「58年戌年」という言葉が盛んに使われる。朝鮮戦争などの影響で、韓国のベビーブームは日本より約10年遅く、1958年生まれが、そのピークの団塊の世代となる。

 ソウル五輪の頃は、韓国人もまだ若かった。しかしその後の少子高齢化は、社会問題になっている日本よりもさらに速いペースで進んでいる。そして今年、ベビーブーム世代が還暦を迎える。韓国は外見的な華やかさより、福祉など、生活の質が重視される時代になった。

 そこに平昌五輪である。平昌五輪は、ソウル五輪の成功や地方自治時代の始まりの熱気を受けて招致されたメガスポーツイベントの最終走者である。韓国はこの時代の変わり目をどう捉えるか。その観点からも、今回の平昌五輪は興味深い。

 ただし、平昌五輪で韓国のメガスポーツイベントの開催が当面打ち止めになるかどうかは分からない。それは、平昌五輪を韓国の人たちがどう評価するかにかかっている。

2017年12月27日 (水)

「友」に揺れた日韓の2017年

 ソウルと開催地である平昌や江陵を結ぶ高速鉄道・KTXの開通は、平昌五輪のムードを盛り上げる絶好の機会であった。しかし、開通の前日である21日、忠清北道・堤川市のスポーツセンターの火災で29人が亡くなり、祝賀ムードは吹き飛んだ。しかも、22日は堤川市で聖火リレーが行われる予定であったが、これも中止になった。

 ソチ五輪が終わり、次はいよいよ平昌五輪という時にセウォル号事件が起き、韓国中が深い悲しみに包まれた。その一方で、平昌五輪は、朴槿恵大統領(当時)の友人である崔順実の利権の場となった。今年に入り、大統領も代わり、ムードを盛り上げたいところだが、北朝鮮情勢が水を差す。

 国家プロジェクトであるオリンピックは、その国の姿をよく映し出す。韓国では「安全不感症」という言葉は、もう何十年も言われ続けてきたし、利権の構造も相変わらずだ。

 

 それはともかく、今年も残り少なくなった。今年の漢字は「北」であった。度重なるミサイル発射や核実験は、常軌を逸したものであったが、北朝鮮の脅威自体は今に始まったことではない。韓国ではむしろ、日本の反応を大袈裟だと、奇異に感じる人も多かった。

 一方韓国では、地震に国中が騒然となった。日本の震度で4程度の地震で、建物の外壁が崩れるなど、被害が続出した。小さな揺れでも、子供たちは校舎の外に避難していた。

 原発が集中する韓国南東部には多くの断層があることは知られており、高麗時代には朝鮮半島でも大きな地震も発生している。白頭山も過去には大噴火をしたことがある。こうしたことから韓国でも、地震が起きてもさほど不思議ではないが、韓国人の多くは、地震がないと信じていた。

 北朝鮮の暴発も、地震も脅威である。それでも人々は一般に、慣れない脅威に対して、より敏感に反応するものだ。

 日本には地震があるから怖い、という韓国人は多かったし、韓国には北朝鮮リスクがあるという日本人は多い。しかし、地震も北朝鮮も、日韓に共通する脅威であることを思い知らされた1年であった。

 今年の日韓を振り返る時、共通する今年の漢字は「友」ではないかと思う。

 森友に加計問題。安倍首相周辺の友人・知人絡みの疑惑に、政界は1年中揺れた。韓国では朴槿恵が、友人・崔順実絡みのスキャンダルで大統領の職を失い、自身も逮捕された。

 社会的には、父親が娘の友達を殺害するという事件に、韓国中が騒然となった。子供をうかつに友達の家に行かせられないという、悲鳴に近い声もあった。

 釜山では、同級生の集団リンチで血まみれになる女子中学生の映像がSNSを通して広がり、社会に衝撃を与えた。

 座間の連続殺人事件は、身の毛がよだつ猟奇さであった。ここでもSNS時代の人間関係の負の側面が浮き彫りになった。

 外交では、安倍首相とアメリカのトランプ大統領の蜜月ぶりが注目された。2度のゴルフなど、親密ぶりを世界にアピールしたが、トランプ大統領にすれば、日本は武器を売り込むお得意様としか映っていないようにも思えた。

 一方韓国は、中国とアメリカに挟まれ苦しんだ。韓国は面子や格付けを気にするだけに、トランプ大統領の滞在日数が日本や中国に比べ少ないとか、文在寅大統領の訪中の際の「一人飯」問題とか、康京和外相の訪日で、安倍首相と面会した時の椅子の高さとか、あまり、本筋とは関係のないところの議論で熱くなった。

 日韓友好という面では、朝鮮通信使が世界記憶遺産に登録されたほか、市民レベルの交流は通常感じられる以上に活発だが、過去問題のつまづきから、なかなか前に進めない。

 年が明ければ、平昌五輪の開幕も近づいてくる。文在寅大統領は、安倍首相や習近平国家主席などに対して、平昌五輪の開会式への出席を呼び掛けている。

 しかし、オリンピックの開会式のVIP席が、交友関係を誇示する場になったのは、いつからか。VIPが何人来ようとオリンピックの本質とは、何の関係もない。むしろそれでなくても厳しい警備が、海外要人の出席でより厳しくなるだけに、一般の観客にとっては、迷惑でもある。

 北朝鮮の参加には相変わらず強いこだわりをみせているが、韓国側は焦り過ぎている。どちらにしても最終的な結論が出るのは、大会直前になるだろうから、もっと腰を落ち着かせる必要がある。

 朴槿恵前大統領は、平昌五輪にさほど関心を示さず、それが盛り上がらない要因の一つとされている。その点文在寅大統領は熱心なようだが、権力者が熱心だと、今度は政治利用の問題が出てくる。

 スポーツ、とりわけオリンピックの良さは、国家間の関係がどうであれ、互いに全力で戦うことで、相手に対する敬意や友情が生まれることだ。この1年、「友」は否定的に使われることが多かったが、来年は肯定的に使われる年であってほしいものだ。

 

 

 

2017年12月20日 (水)

北朝鮮、サッカー強化の本気

 16日に幕を閉じたサッカーの東アジアE‐1選手権は、男子は韓国、女子は北朝鮮が優勝した。言い古された表現であるが、朝鮮半島には昔から「東男に京女」に似た意味で、「南男北女」という言葉がある。サッカーでも、「南男北女」の現象が続いている。

 私は今回、2014年の仁川アジア大会以来3年ぶりに北朝鮮の男女のサッカーを取材した。3年前も優勝したのは男子が韓国で、女子が北朝鮮であった。今回北朝鮮の女子は、3試合で挙げた5得点のうち、4点を挙げたキム・ユンミが強烈な印象を残したが、3年前のメンバーで残っているのは、キム・ユンミを含めごく少数。今回は16歳の選手など、10代の選手を積極的に選抜し、メンバーはかなり若返った。

 北朝鮮は4月に平壌で開催されたアジアカップの予選で韓国と引き分け、予選全体の得失点差で2位となり、2019年にフランスで開催されるW杯の予選を兼ねたアジアカップの出場を逃している。

 そのことがよほど悔しかったのか、今大会でもキム・グァンミン監督は、「あのような悔しい思いはしたくない」と、繰り返し語っていた。

 アジアカップの予選の組み合わせで、平壌で行われる北朝鮮のグループに韓国が入った時、試合が無事に行われるか、懸念の声もあった。核やミサイルによる朝鮮半島の緊張に加え、これまで男子のW杯予選の南北対決では、北朝鮮ホームの試合は、中立地である中国で行われていた。

 平壌で韓国の国旗、国歌を使用することを許したうえで、平壌で予選を開催したことは、北朝鮮がサッカーに本気で力を入れていることの表れだ。それだけに韓国に続く2位に甘んじ、アジアカップの出場を逃したことは、北朝鮮にとっては屈辱だったはずだ。

 今回のE‐1選手権は、北朝鮮の女子サッカーにとっては再出発の舞台となり、選手も若返った。しかし朝鮮半島情勢を反映して、大会はかなり異例の形になった。この大会では、男子の優勝チームには25万ドル(約2880万円)、女子には7万ドル(約805万円)の賞金が贈られることになっており、2~4位のチームにも賞金が出ることになっているが、北朝鮮には支払わないことが発表された。

 経済制裁により、北朝鮮への資金源を断つという状況の下、スポーツといえども、北朝鮮にお金を渡すことがはばかれるのは確かだ。ただその一方で、参加国には同じ条件というのがスポーツの原則でもある。北朝鮮は、来年ロシアで開催される男子のW杯はもちろん、女子も2019年のW杯の出場を逃しているが、もし出場したら、FIFA(国際サッカー連盟)は、どのような判断を下すか気になるとことだ。

 五輪やアジア大会はともかく、スポーツの国際大会の多くで賞金が出される中、経済制裁を科されている国にどう対応すべきかは、議論がなされるべき問題だ。

 もっとも、E-1選手権で女子が優勝したことは、国際的な孤立の中で存在を誇示したということで、北朝鮮にとっては、賞金以上の意味があったはずだ。

 またキム・グァンミン監督の口からは、今回政治的な発言は出てこなかった。仁川アジア大会でもキム監督が指揮していた。この時は、準決勝までは普通にサッカーの話をしていたが、優勝するや会見での第一声は、「金正恩元帥様の愛と配慮のお陰である」というものだった。

 2002年の釜山アジア大会で北朝鮮の女子サッカーが優勝した時も、金正恩と金正日の違いだけで、会見内容は指導者礼賛であった。どの競技種目であれ、北朝鮮が優勝した時の指導者礼賛は、ある種、お決まりである。

 韓国での発言と、日本での発言は違うのだろうが、北朝鮮のスポーツを取材していて、政治的な発言なき優勝会見は、新鮮であった。もっとも、それが普通なのだが……。

 それでも、北朝鮮がサッカーの強化に本腰を入れていることは間違いない。今回北朝鮮の男子は、1分け2敗で最下位であったが、昨年からドイツ・ブンデスリーガで活躍したノルウェー人のヨルン・アンデルセンが監督に就任。平日は代表チームで練習し、週末は各チームに戻り試合をするという強化により、日本には敗れたとはいえ、互角以上の試合をするなど、確実に力をつけている。

 北朝鮮のスポーツは、政治の影響を非常に強く受ける。北朝鮮を取り巻く厳しい状況の中で、サッカーがこのまま順調に伸びていくかどうかは分からない。ただ、既に国際大会で実績を残している女子だけでなく、女子に比べ存在感が薄い男子も、日本サッカーの脅威になる可能性は十分ある。

 北朝鮮の女子は当面、来年のアジア大会、さらには2020年の東京五輪を目指すことになるだろうし、男子は2022年のW杯を目指すことになる。その時、北朝鮮はどういう状態になっているだろうか。純粋にサッカーの話だけというわけにはいかないところが、この国の悲しいところだ。

2017年12月 7日 (木)

平昌五輪、北朝鮮頼みが招く北朝鮮リスク

 1988年のソウル五輪では、ソ連の参加が大きな焦点になっていた。韓国と北朝鮮は長い間勢力を誇示する競争を繰り広げてきたが、韓国の経済成長が軌道に乗ってきた1980年代、南北の差は、はっきりし始めていた。

 そうした状況で、共産圏の盟主であるソ連がソウル五輪に参加することは、北朝鮮にとって決定的なダメージであった。金日成主席はゴルバチョフ書記長に、参加しないよう要請したが、拒否されたと言われる。ソウル五輪では、日本やアメリカはヒールであり、ソ連には、観客から声援が送られていた。

 ソ連が崩壊した後も、その中心であるロシアは、相変わらずスポーツ大国である。韓国でソウル五輪以来、30年ぶりに開催されるオリンピックである平昌五輪でロシアは、ドーピング問題により、国としての参加が禁止されることが決まった。

 ロシアが参加しないことは、それでなくても盛り上がらない平昌五輪に、また大きな難題を抱えたことを意味する。

 ドーピングで汚染された疑いのある選手が参加することは、大会の価値を下げることになる。その一方で、注目の選手が参加しないことも、大会の価値を下げることであり、平昌五輪は、ジレンマを抱えたまま、状況は厳しくなる一方だ。

 参加といえば、北朝鮮問題も大きい。北朝鮮は唯一自力で出場権を獲得したフィギュアスケートのペアで、出場の意思を示さないまま、期限が過ぎた。これにより北朝鮮は、フィギュアスケート・ペアの出場権を放棄したことになる。

 まだ特別枠での出場の可能性があるので、出場の可能性がなくなったわけではない。出場するにしても少人数の選手団になるだけに、逆にギリギリまで、態度表明を伸ばすことが可能だとも言える。

 そもそも北朝鮮は、出場の意思を十分に持っていたのではないか。4月には、平昌五輪の会場である江陵で開催された女子アイスホッケーの世界選手権、ディビジョン2・グループAの大会に、北朝鮮も参加している。同じ時期に平壌で開催された女子サッカーのアジアカップの予選に韓国も参加し、平壌に韓国の国歌が流れ、国旗が掲揚された。2013年に平壌で開催された重量挙げのアジアクラブ選手権で一度あるものの、これは極めて異例のことである。

 孤立を深める北朝鮮にとって、スポーツは軍事的な問題でなく、自国の存在をアピールできる数少ない機会である。金正恩体制になった後も、国防委員会所属でスポーツ担当機関である「国家体育指導委員会」を新設するなど、力を入れてきた。

 そうした中、5月に韓国では文在寅政権が誕生した。文政権は、北朝鮮に平昌五輪への参加と、一部種目の南北統一チームの結成などを呼び掛けた。

 文政権はもともと、北朝鮮に融和的な人たちの支持を受けて当選を果たしたものの、ミサイル発射や核実験などで、北朝鮮には厳しい態度を取らざるを得ない。平昌五輪は、北朝鮮に融和的な態度を示すことができる数少ない機会である。また北朝鮮の参加で、盛り上がりに欠ける平昌五輪の関心を高めることも期待されている。

 しかも、開幕まで2カ月余りとなった先月29日、北朝鮮がミサイルを発射した。オリンピック、パラリンピックが終わる318日までの間、北朝鮮が新たな挑発行為に出れば、緊張がますます高まるし、挑発がなければないで不気味な沈黙として、落ち着かない状況が続くに違いない。だからこそ、大会の安全な開催のために、北朝鮮の参加を求める声も大きい。

 国際社会で孤立を深めている北朝鮮にとって、平昌五輪は、歓迎されている数少ない機会であると同時に、最高のカードになっている。

 北朝鮮の権力者が何を考えているか、読めない部分はあるものの、平昌五輪そのものに対する妨害行為は、致命的な孤立を招くだけに行わないと思う。

 それでも、参加の可能性を残しながら、揺さぶることで、何かを得ようとする可能性は十分ある。北朝鮮の平昌五輪の参加をより切実に願っているのは、北朝鮮よりも韓国の方であるからだ。韓国は北朝鮮に足元をみられている状況だ。

 文在寅政権にとって、北朝鮮参加への思いが強いだけに、かえって平昌五輪開幕ギリギリまで、北朝鮮に揺さぶられるリスクを負いそうな感じがする。

 

 

2017年11月24日 (金)

宣銅烈コリアの成果と課題

 1116日から19日まで東京ドームで開催されたアジアプロ野球チャンピオンシップで韓国は、日本に選手層の違いをみせつけられ2位になったものの、10年近くほとんど動かなかった韓国野球の時計が、ようやく動き始めたことを感じさせた。

 野球の韓国代表は、2006年の第1回、2009年の第2回、そして今年の第4回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、ベテランの金寅植が監督を務めていた。金は選手としてはプロ経験がなく、1982年に始まる韓国のプロ野球において、指導者の第1世代である。そして、選手の第1世代である宣銅烈らがコーチとして金を補佐していた。

 今回は「野球国宝」と呼ばれ、韓国のプロ野球草創期の大スターで、中日でも活躍した宣銅烈が満を持して監督に就任し、現役を引退してからそれほど経っていない陳甲龍や、中日でもプレーした李鍾範ら、選手時代にWBCなどを経験した若手の指導者がコーチになり、コーチングスタッフが大幅に若返った。

 今回の大会規定は、24歳以下か、入団3年以内の選手となっている。これは韓国にとって、好都合であった。

 韓国はここ10年近く、代表チームの中心メンバーがほとんど変わらず、世代交代が遅れている。そうした中、来年はジャカルタでアジア大会が開催される。

 日本はアマチュアの選手を中心にメンバーを構成し、さほど重視していないが、韓国は優勝すれば、兵役が免除になるだけに、非常に重要な大会である。といって、兵役問題が解決していない若手だけで露骨にメンバーを組むと、批判を浴びる。そういった意味で今回は、若手が国際試合の経験を積み、実績を残す絶好の機会であった。

 今年も韓国のプロ野球は極端な打高投低であったが、投手陣で光ったのは、台湾を8回途中まで被安打3の無失点に抑えた林起映(KIA)だ。サイドから力のある球を投げる、ヤクルトでもプレーした林昌勇(KIA)らに通ずる、韓国のお家芸といった感じの投手だ。台湾が苦手とするタイプで、起用が見事に当たった。

 2012年のU18韓国代表のメンバーでもある張現植(NC)も、シーズンは9勝9敗、防御率5.29という成績ながら、初戦の日本戦で好投し、可能性を感じさせた。

 その一方で、今シーズン12勝を挙げ、エースとして決勝戦の日本戦に先発した朴世雄は、4回途中で降板。交代で登板した投手もことごとく結果を残せず、投手陣の層の薄さを露呈した。

 U18のW杯やアジア選手権をみていても、韓国の投手には上半身の強さに対して下半身が不安定で、ボールのリリースポイントが定まっていない投手が目につく。その傾向は、プロに入った後もさほど変わっていない。

 打者で光ったのは李政厚と金ハソン(いずれもネクセン)だ。今年、ルーキー最多安打を記録した李政厚は、今回コーチである李鍾範の息子。ボールをバットに載せる技術に優れ、台湾戦では、決勝の三塁打を放った。李は、昨年U18のアジア選手権に出場しており、打撃センスでは、韓国代表の中で抜きん出ていた。

 広島の薮田和樹から本塁打を放った金ハソンは、2013年のU18韓国代表。ネクセンの正遊撃手であった姜正浩がメジャーに進出したために空いた穴を見事に埋めて、今回の代表の中ではただ1人、今年のWBCにも出場している。

 今シーズン打率.3633位になった朴珉宇(NC)は、決勝戦こそ安打はなかったが、予選リーグの日本戦、台湾戦では2安打ずつ記録。1番打者らしく、投手に多くの球を投げさせる、相手にとって嫌なタイプの打者だった。

 この3人は目立っていたが、他の選手は物足りなかった。馴染みのない投手と対戦する国際試合は、そうそう打てるものではない。とはいえ、初戦の日本戦の10安打はともかく、台湾戦は4安打、決勝戦は3安打と、打てなさ過ぎた。シーズンとのギャップはあまりに大きい。

 今回選ばれた若手のメンバーから、どれだけ来年のアジア大会のメンバーに残れるか。今回結果を残せなかった選手は、来シーズンはよほど頑張らないと厳しいだろう。兵役は大きな問題であるだけに、2020年の東京五輪の前に、そこが韓国プロ野球に重要な課題となってくる。

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