2018年1月22日 (月)

禍根を残す可能性がある南北合同チームのプロセス

 1989年の夏、平壌では前年に開催されたソウル五輪に対抗すべく、世界青年学生祭典が開催された。平昌五輪の開幕前に、北朝鮮の金剛山で南北合同文化行事を開催することを南北間で合意したということを聞き、規模は全く異なるのであろうが、ソウル五輪と世界青年学生祭典の関係を思い出した。

 平昌五輪を巡る南北間の合意が、想像を超える広範囲でなされている。開会式での南北合同行進には、韓国では保守派を中心に強い反発があるという。2002年の釜山アジア大会の時もそうだった。まして今回はオリンピックなので、反発はもっと強いだろう。行進する南北の人数をどう調整するか、課題もある。ただこれに関しては、韓国の人たちがどう判断するかの問題である。

 しかし、女子アイスホッケーの合同チームには、スポーツを愛する者として、不快感を禁じ得ない。

 IOCがブレーキをかけることを期待したが、追認しただけだった。しかも、韓国選手の23人に、北朝鮮選手12人を加えて構成し、ベンチ入りは22人で、北朝鮮選手を最低3人はベンチ入りさせるというものだ。

 結局、メンバー構成の一番微妙な問題を、セラ・マリー監督に押し付けた格好だ。本番に向けて選手のコンディションを引き上げ、相手チームの分析に力を注ぐ大事な時期に、気の毒なことである。

 合同チームに関しては、昨年6月に北朝鮮の張雄IOC委員が、「アイスホッケーなどを単一チームにする問題もそうです。千葉の卓球世界選手権の時、会談は22回でした。5、6カ月かかりました」と発言した時に、諦めるべき事案であった。今回の合同チームを含めたIOCの合意に張雄委員は、「満足している」と記者団に語ったようだが、本心なのだろうか。

 そもそも今日のオリンピックの球技種目は、開催国枠が保証されているわけではない。日本のバスケットボールも、2年後の東京五輪に出場できるかまだ決まっていない。

 韓国のアイスホッケーについても、国際アイスホッケー連盟は開催国枠に消極的だったと言われる。そのため韓国の男子チームでは、カナダ人などを相次いで帰化させ、強化に本腰を入れていることを示して、出場資格を得ている。現在男子は7人、女子は4人の帰化選手がいる。帰化選手が多いことに批判もあるが、そうしなければ韓国の出場はなかった。

 加えて、男子の韓国系アメリカ人、ジム・ペク(韓国名 ペク・ジョンソン)、ペクの紹介で韓国に来た女子のセラ・マリーの指導で、男女とも実力が目覚ましくアップしている。特に環境に恵まれない女子の場合は、その苦労は並大抵ではない。

 とはいえ平昌五輪では、1勝でもすれば快挙。現実的には、次はいつ出場できるか見当もつかないオリンピックの舞台で、必死のプレーで足跡を残すことに意味があるはずだ。にもかかわらず韓国の李洛淵首相は、「女子のアイスホッケーはメダル圏にない」と発言している。韓国ではメダルに関係のない種目は全く相手にされないので、いかにもという発言ではあるが、それならば、最初から出るべきではなかった。

 しかも文在寅大統領は選手たちの前で、「不人気種目の悲哀を払拭する良い機会になる」と語っている。2003年の大邱ユニバーシアードなど過去の例から考えて、平昌五輪では、北朝鮮に振り回されてトラブルが起きる可能性は十分にある。そうした中での政治リーダーのスポーツに対する思いやりがない発言は、トラブルが起きた時の解決を、より困難にさせるのではないか。

 さらに疑問なのが、今回の合同チームの名称は「KOREA」で国旗国歌に代わるものが統一旗と「アリラン」ということになるようだが、そもそもオリンピックで「KOREA」といえば、先にIOCに加盟した韓国を指す。北朝鮮の呼称は紆余曲折を経て、「DPRK」となっている。

 全ての競技で合同チームならともかく、女子アイスホッケーだけが合同チームになると、英文表記上は、太極旗・愛国歌の「KOREA」(韓国)と、統一旗・アリランの「KOREA」(合同チーム)という2つの「KOREA」が存在することになる。

 一般論として、合同チーム、統一チームを結成したからといって、南北融和が大きく前進するとは思わない。しかしながら、朝鮮戦争など朝鮮半島の苦難の歴史、そして何年先になるか分からない統一にしても、混乱は避けられないことを考えると、南北が協力して汗を流した経験は、やはり意味がある。だからこそ、やる時は国民、少なくとも韓国人の多数から歓迎されるものでなければならない。

 今回のような拙速で、強引なやり方だと禍根を残し、統一チーム結成のもっと良いチャンスが来た時に、実現するうえでの阻害要因になりかねない。

2018年1月15日 (月)

美女軍団は平昌に来るのか?

 聖火リレーもソウルに入り、平昌五輪の開幕も近づいてきた。正月に出された金正恩朝鮮労働党委員長の代表団派遣発言により、大会への関心は高まりつつあるが、前回も書いたように、「代表団」というのは、小さくも大きくも捉えることができる表現であった。9日に開かれた南北閣僚級協議で北朝鮮側は、高官や選手、応援団、芸術団、テコンドー演技団、記者団と、韓国側の想定を超えた大規模代表団を派遣することを表明した。一筋縄ではいかない相手だけに、具体的に話を詰める段階で紆余曲折もありそうだが、韓国側にとっては大きな前進と言えるだろう。

 そこで注目されるのが、美女軍団と呼ばれる応援団が本当に来るかどうかである。私は美女軍団が登場した2002年の釜山アジア大会、03年の大邱ユニバーシアード、美女軍団は来なかったが、北朝鮮選手団は参加した14年の仁川アジア大会を、北朝鮮を中心に取材してきただけに、いくつか気になることがある。

 まず何を応援するかである。夏季大会のサッカー、バスケットボール、バレーボールなどでは、歌ったり踊ったりする応援は可能である。柔道などもアジア大会やユニバーシアードレベルでは、北朝鮮の選手も勝ち上がり、しばしば試合をするので、リーダーを中心に統率された応援もできる。しかし水泳の飛び込みのように、集中のための静寂が求められる競技では、応援団に「静かにしてください」という場内アナウンスが流れたこともあった。

 冬季スポーツは、統率された応援が合わない競技が多い。出場がほぼ決まっているフィギュアスケートのペアの場合、応援を披露できるのは、製氷時間くらいである。しかも北朝鮮の選手のランクだと、試技の順番は前の方で早々に終わる。その後は、どうするのだろうか。出場が噂されているクロスカントリーでは、スタートからゴールに近づくまでは、応援が可能かもしれないが……。

 夏季大会の競技の場合は、北朝鮮には柔道や卓球のように、国際大会の出場機会が少ないためランキングは低いけれども実力はある選手が結構いるが、冬季スポーツの場合は、そうした選手がいるようには思えない。それだけに、北朝鮮選手団の規模や実力を考えれば、美女軍団は応援団というよりも、公演団に近いのではないか。

 過去の国際大会でも、公演活動は行われている。釜山アジア大会ではプレスセンターなどのあるコンベンションセンターの隣にある大広場で美女軍団たちの公演があり、広場は、詰めかけた市民で溢れんばかりになった。

 大邱ユニバーシードの時は、大邱タワーのある頭流公園の野球場で、韓国の歌手や学生との合同公演の形で行われ、大会を通して一番の盛り上がりをみせた。

 ただし公演となると、北朝鮮側が金品を要求してくる可能性もある。これまでも相当額が支払われたという話もある。

 けれども今回は、経済制裁のさなかだけに、宿泊費や食費など、サービスの無償提供という形が限界であろう。

 ないとは思うが、最悪なのは裏金を渡すことだ。露見すれば、韓国政府は国内外から批判を浴びるだけでなく、北朝鮮と秘密を共有することで、弱みを握られることにもなる。

 北朝鮮側にとって、経済的メリットがないのであれば、来るとすれば、政治的効果への期待となる。美女軍団や芸術団の訪韓は、韓国内の反北朝鮮感情を和らげる効果はあるだろう。しかし、オリンピックという舞台、それに、現在の北朝鮮の置かれた状況を考えれば、露骨な政治宣伝は難しいだろう。

 釜山アジア大会や大邱ユニバーシアードの公演では、民謡や「口笛」など北朝鮮の歌謡曲、統一の願いを歌った歌などが中心であった。ただ、大邱ユニバーシアードで北朝鮮の女子サッカーが優勝した時は、応援団が「金正日将軍の歌」を歌っていた。

 また問題になるのが、韓国内の反北朝鮮運動への対応だ。大邱ユニバーシアードでは、ソウルであった反北朝鮮集会を理由に、美女軍団は到着予定の日に現れなかった。大会中にも、プレスセンター前で、反北朝鮮集会をしていた団体と、北朝鮮の記者団(私も現場にいたが、記者にはとても見えなかった)の乱闘事件があり、美女軍団が一時応援をボイコットしたことがあった。

 美女軍団は韓国で注目されるだろうが、好意的でない人も少なからずいる。そうした人たちが、どういう行動に出るか。それに対して当局がどう対応するか。「南南葛藤」という、韓国内のイデオロギー対立が表面化すれば、複雑な様相を呈することになる。

 いずれにしても韓国側は、北朝鮮側に相当気を遣うであろう。しかしながら忘れてはならないのは、主役はあくまでも世界各地から集まる選手たちであり、北朝鮮の代表団は、大会の一部分に過ぎないということだ。

 そこで気になるのは、大会まで1カ月もないのに、韓国側からいまだに女子アイスホッケーの南北統一チームの話が出てくることだ。しかも、韓国代表メンバーは既に決まっているので、北朝鮮選手の分の定員増まで求めるという。

 アイスホッケーは選手の交代が自由にできるスポーツである。したがって、エントリーメンバーの数は基本的に同数でないと公平性は保てない。韓国にしても、統一チームにしても、実力的には参加チーム中最低ランクであるが、といって、オリンピックのような公式大会ではあり得ない特別ルールの要望だ。

 過去のケースをみれば、平昌五輪で南北の和解ムードが醸成されたとしても、一時的なものかもしれない。それでも、平和的な雰囲気の中で大会が開催されるのであれば、悪いことではない。とはいえ、あくまでも競技に支障のない範囲内でなければならない。統一チームに対する韓国の前のめりぶりをみるとどうも気にかかる。

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大邱ユニバーシアードの美女軍団。競技場および懇親会の冒頭

 

2018年1月 5日 (金)

1988年のソウルから2018年の平昌へ

 1988年のソウル、98年の長野、2008年の北京と、東アジアでは、末広がりで縁起がいいとされる八の年に、オリンピックが開催されている。そして2018年の今年、平昌で冬季五輪が開催される。

 その元旦、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、平昌五輪に「代表団の派遣など、必要な措置を講じる用意がある」ことを表明した。平昌五輪への北朝鮮の参加を熱望している韓国政府は、この呼びかけにすぐに応じた。

 ただし、金正恩が表明したのは「代表団」であって、「選手団」ではない。IOC委員である張雄に、少数の随行員を加えても代表団だし、仁川アジア大会の閉会式の時のように金正恩の側近である実力者を派遣することもあるし、選手団を派遣することもある。どのような規模、形にするかは今後の交渉次第ということだろう。平昌五輪まで時間はそれほど残されていないが、韓国側には、地に足がついた交渉姿勢が求められる。

 年末年始にかけて韓国で話題になった映画に「1987」という作品がある。19871月、公安の水拷問でソウル大生の朴鍾哲が死亡。この事実が明るみになると、民主化を求めるデモ、いわゆる6月抗争が起き、韓国は民主化へと進む。私はまだこの映画を観ていないが、当局が必死に隠そうとした拷問死がいかに明らかになり、6月抗争に発展したかを描いた作品のようだ。

 私が初めて韓国に行ったのも、1987年の夏だった。当時はまだ全斗煥による軍事政権の時代。至る所に銃を携えた軍人や警官が立ち物々しかった。新興工業国とか、中進国とか呼ばれ、先進国入りも遠くない状況であったが、交差点で信号待ちをしていると、物乞いが駆け寄って来るなど、貧しさも感じられた。それでも、ソウル五輪を翌年に控え、国中が熱気やエネルギーに満ち溢れていた。

 当時の全斗煥政権は、ソウル五輪を成功させ、長期権力の意地を目論んでいたようだ。しかし6月抗争が起きると、戒厳令を敷いての手荒な弾圧は、ソウル五輪にも影響しかねない。いわばオリンピックを人質に取られた形で、国民が求めていた大統領の直接選挙制度を認めざるを得なかった。

 オリンピックのような巨大イベントは、政治家の権力意識をくすぶるが、権力者の思い通りにいかないのも、オリンピックである。

 それでもソウル五輪は、軍事政権の暗いイメージがあった韓国のイメージを一変させ、世界に存在感を示す契機になった。

 そして民主化の方は、1987年12月の選挙では民主化のリーダーである金大中と金泳三がまとまらず、票が分散したため、全斗煥の側近で軍人出身の盧泰愚が大統領に就任したが、93年に金泳三が大統領に就任し、本格化する。

 軍事政権時代、知事や市長は官選であったが、民主化が実現した95年からは、直接選挙で選ばれることになった。

 民選初期の知事や市長は、形に残る実績作りに躍起になった。90年代後半から00年代の初めにかけて、韓国各地にコンベンションセンターや歴史資料館などの箱物が作れた。

 同じ流れの中でメガスポーツイベントが相次いで招致される。2002年の日韓共催のW杯、同年の釜山アジア大会、03年の大邱ユニバーシアード、11年の世界陸上大邱大会、14年の仁川アジア大会、15年の光州ユニバーシアードなどである。

 その中で取り残されたのが、平昌のある江原道であった。2002年のW杯で韓国では、済州島を含めた10都市が会場になったが、江原道は外された。

 ちょうどその時期に開催されたのが98年の長野五輪であった。長野五輪は、ボブスレー会場などが「負の遺産」になるなど問題を残したが、新幹線が開通するなど、インフラが整備された。

 98年から2010年まで江原道知事を務める金振兟は、そのことに刺激を受け、五輪招致に本腰を入れる。そして2度の落選を経て、11年に平昌五輪の招致に成功する。そしてソウルと平昌、江陵を結ぶKTXが開通するなど、インフラ整備の目的は、ある程度達成された。

 けれども、ソウル五輪から平昌五輪までの30年の間に、韓国は大きく変わった。ソウル五輪や日韓共催のW杯の頃の韓国は、スポーツイベントは、そのイベント自体の収支よりも、外観を飾り、発展し、躍動感のある姿を海外にみせることで、国のブランド価値を高めるという宣伝効果の方に重きを置いていた。実際、この両イベントの宣伝効果は抜群であった。

 ところが、イベントも数を重ねると宣伝効果は減少し、イベントそのものの収支が問われることになる。その転機になったのが、14年の仁川アジア大会であった。

 韓国ではアジア大会もメガスポーツイベントとして重視されてきたが、オリンピックやW杯を経験した国民にとっては、大したイベントではなくなっていた。しかも大会の赤字により、住民福祉の予算までが削られると知らされると、メガスポーツイベントに対する韓国での熱気は、急速に冷めていった。

 韓国では「58年戌年」という言葉が盛んに使われる。朝鮮戦争などの影響で、韓国のベビーブームは日本より約10年遅く、1958年生まれが、そのピークの団塊の世代となる。

 ソウル五輪の頃は、韓国人もまだ若かった。しかしその後の少子高齢化は、社会問題になっている日本よりもさらに速いペースで進んでいる。そして今年、ベビーブーム世代が還暦を迎える。韓国は外見的な華やかさより、福祉など、生活の質が重視される時代になった。

 そこに平昌五輪である。平昌五輪は、ソウル五輪の成功や地方自治時代の始まりの熱気を受けて招致されたメガスポーツイベントの最終走者である。韓国はこの時代の変わり目をどう捉えるか。その観点からも、今回の平昌五輪は興味深い。

 ただし、平昌五輪で韓国のメガスポーツイベントの開催が当面打ち止めになるかどうかは分からない。それは、平昌五輪を韓国の人たちがどう評価するかにかかっている。

2017年12月27日 (水)

「友」に揺れた日韓の2017年

 ソウルと開催地である平昌や江陵を結ぶ高速鉄道・KTXの開通は、平昌五輪のムードを盛り上げる絶好の機会であった。しかし、開通の前日である21日、忠清北道・堤川市のスポーツセンターの火災で29人が亡くなり、祝賀ムードは吹き飛んだ。しかも、22日は堤川市で聖火リレーが行われる予定であったが、これも中止になった。

 ソチ五輪が終わり、次はいよいよ平昌五輪という時にセウォル号事件が起き、韓国中が深い悲しみに包まれた。その一方で、平昌五輪は、朴槿恵大統領(当時)の友人である崔順実の利権の場となった。今年に入り、大統領も代わり、ムードを盛り上げたいところだが、北朝鮮情勢が水を差す。

 国家プロジェクトであるオリンピックは、その国の姿をよく映し出す。韓国では「安全不感症」という言葉は、もう何十年も言われ続けてきたし、利権の構造も相変わらずだ。

 

 それはともかく、今年も残り少なくなった。今年の漢字は「北」であった。度重なるミサイル発射や核実験は、常軌を逸したものであったが、北朝鮮の脅威自体は今に始まったことではない。韓国ではむしろ、日本の反応を大袈裟だと、奇異に感じる人も多かった。

 一方韓国では、地震に国中が騒然となった。日本の震度で4程度の地震で、建物の外壁が崩れるなど、被害が続出した。小さな揺れでも、子供たちは校舎の外に避難していた。

 原発が集中する韓国南東部には多くの断層があることは知られており、高麗時代には朝鮮半島でも大きな地震も発生している。白頭山も過去には大噴火をしたことがある。こうしたことから韓国でも、地震が起きてもさほど不思議ではないが、韓国人の多くは、地震がないと信じていた。

 北朝鮮の暴発も、地震も脅威である。それでも人々は一般に、慣れない脅威に対して、より敏感に反応するものだ。

 日本には地震があるから怖い、という韓国人は多かったし、韓国には北朝鮮リスクがあるという日本人は多い。しかし、地震も北朝鮮も、日韓に共通する脅威であることを思い知らされた1年であった。

 今年の日韓を振り返る時、共通する今年の漢字は「友」ではないかと思う。

 森友に加計問題。安倍首相周辺の友人・知人絡みの疑惑に、政界は1年中揺れた。韓国では朴槿恵が、友人・崔順実絡みのスキャンダルで大統領の職を失い、自身も逮捕された。

 社会的には、父親が娘の友達を殺害するという事件に、韓国中が騒然となった。子供をうかつに友達の家に行かせられないという、悲鳴に近い声もあった。

 釜山では、同級生の集団リンチで血まみれになる女子中学生の映像がSNSを通して広がり、社会に衝撃を与えた。

 座間の連続殺人事件は、身の毛がよだつ猟奇さであった。ここでもSNS時代の人間関係の負の側面が浮き彫りになった。

 外交では、安倍首相とアメリカのトランプ大統領の蜜月ぶりが注目された。2度のゴルフなど、親密ぶりを世界にアピールしたが、トランプ大統領にすれば、日本は武器を売り込むお得意様としか映っていないようにも思えた。

 一方韓国は、中国とアメリカに挟まれ苦しんだ。韓国は面子や格付けを気にするだけに、トランプ大統領の滞在日数が日本や中国に比べ少ないとか、文在寅大統領の訪中の際の「一人飯」問題とか、康京和外相の訪日で、安倍首相と面会した時の椅子の高さとか、あまり、本筋とは関係のないところの議論で熱くなった。

 日韓友好という面では、朝鮮通信使が世界記憶遺産に登録されたほか、市民レベルの交流は通常感じられる以上に活発だが、過去問題のつまづきから、なかなか前に進めない。

 年が明ければ、平昌五輪の開幕も近づいてくる。文在寅大統領は、安倍首相や習近平国家主席などに対して、平昌五輪の開会式への出席を呼び掛けている。

 しかし、オリンピックの開会式のVIP席が、交友関係を誇示する場になったのは、いつからか。VIPが何人来ようとオリンピックの本質とは、何の関係もない。むしろそれでなくても厳しい警備が、海外要人の出席でより厳しくなるだけに、一般の観客にとっては、迷惑でもある。

 北朝鮮の参加には相変わらず強いこだわりをみせているが、韓国側は焦り過ぎている。どちらにしても最終的な結論が出るのは、大会直前になるだろうから、もっと腰を落ち着かせる必要がある。

 朴槿恵前大統領は、平昌五輪にさほど関心を示さず、それが盛り上がらない要因の一つとされている。その点文在寅大統領は熱心なようだが、権力者が熱心だと、今度は政治利用の問題が出てくる。

 スポーツ、とりわけオリンピックの良さは、国家間の関係がどうであれ、互いに全力で戦うことで、相手に対する敬意や友情が生まれることだ。この1年、「友」は否定的に使われることが多かったが、来年は肯定的に使われる年であってほしいものだ。

 

 

 

2017年12月20日 (水)

北朝鮮、サッカー強化の本気

 16日に幕を閉じたサッカーの東アジアE‐1選手権は、男子は韓国、女子は北朝鮮が優勝した。言い古された表現であるが、朝鮮半島には昔から「東男に京女」に似た意味で、「南男北女」という言葉がある。サッカーでも、「南男北女」の現象が続いている。

 私は今回、2014年の仁川アジア大会以来3年ぶりに北朝鮮の男女のサッカーを取材した。3年前も優勝したのは男子が韓国で、女子が北朝鮮であった。今回北朝鮮の女子は、3試合で挙げた5得点のうち、4点を挙げたキム・ユンミが強烈な印象を残したが、3年前のメンバーで残っているのは、キム・ユンミを含めごく少数。今回は16歳の選手など、10代の選手を積極的に選抜し、メンバーはかなり若返った。

 北朝鮮は4月に平壌で開催されたアジアカップの予選で韓国と引き分け、予選全体の得失点差で2位となり、2019年にフランスで開催されるW杯の予選を兼ねたアジアカップの出場を逃している。

 そのことがよほど悔しかったのか、今大会でもキム・グァンミン監督は、「あのような悔しい思いはしたくない」と、繰り返し語っていた。

 アジアカップの予選の組み合わせで、平壌で行われる北朝鮮のグループに韓国が入った時、試合が無事に行われるか、懸念の声もあった。核やミサイルによる朝鮮半島の緊張に加え、これまで男子のW杯予選の南北対決では、北朝鮮ホームの試合は、中立地である中国で行われていた。

 平壌で韓国の国旗、国歌を使用することを許したうえで、平壌で予選を開催したことは、北朝鮮がサッカーに本気で力を入れていることの表れだ。それだけに韓国に続く2位に甘んじ、アジアカップの出場を逃したことは、北朝鮮にとっては屈辱だったはずだ。

 今回のE‐1選手権は、北朝鮮の女子サッカーにとっては再出発の舞台となり、選手も若返った。しかし朝鮮半島情勢を反映して、大会はかなり異例の形になった。この大会では、男子の優勝チームには25万ドル(約2880万円)、女子には7万ドル(約805万円)の賞金が贈られることになっており、2~4位のチームにも賞金が出ることになっているが、北朝鮮には支払わないことが発表された。

 経済制裁により、北朝鮮への資金源を断つという状況の下、スポーツといえども、北朝鮮にお金を渡すことがはばかれるのは確かだ。ただその一方で、参加国には同じ条件というのがスポーツの原則でもある。北朝鮮は、来年ロシアで開催される男子のW杯はもちろん、女子も2019年のW杯の出場を逃しているが、もし出場したら、FIFA(国際サッカー連盟)は、どのような判断を下すか気になるとことだ。

 五輪やアジア大会はともかく、スポーツの国際大会の多くで賞金が出される中、経済制裁を科されている国にどう対応すべきかは、議論がなされるべき問題だ。

 もっとも、E-1選手権で女子が優勝したことは、国際的な孤立の中で存在を誇示したということで、北朝鮮にとっては、賞金以上の意味があったはずだ。

 またキム・グァンミン監督の口からは、今回政治的な発言は出てこなかった。仁川アジア大会でもキム監督が指揮していた。この時は、準決勝までは普通にサッカーの話をしていたが、優勝するや会見での第一声は、「金正恩元帥様の愛と配慮のお陰である」というものだった。

 2002年の釜山アジア大会で北朝鮮の女子サッカーが優勝した時も、金正恩と金正日の違いだけで、会見内容は指導者礼賛であった。どの競技種目であれ、北朝鮮が優勝した時の指導者礼賛は、ある種、お決まりである。

 韓国での発言と、日本での発言は違うのだろうが、北朝鮮のスポーツを取材していて、政治的な発言なき優勝会見は、新鮮であった。もっとも、それが普通なのだが……。

 それでも、北朝鮮がサッカーの強化に本腰を入れていることは間違いない。今回北朝鮮の男子は、1分け2敗で最下位であったが、昨年からドイツ・ブンデスリーガで活躍したノルウェー人のヨルン・アンデルセンが監督に就任。平日は代表チームで練習し、週末は各チームに戻り試合をするという強化により、日本には敗れたとはいえ、互角以上の試合をするなど、確実に力をつけている。

 北朝鮮のスポーツは、政治の影響を非常に強く受ける。北朝鮮を取り巻く厳しい状況の中で、サッカーがこのまま順調に伸びていくかどうかは分からない。ただ、既に国際大会で実績を残している女子だけでなく、女子に比べ存在感が薄い男子も、日本サッカーの脅威になる可能性は十分ある。

 北朝鮮の女子は当面、来年のアジア大会、さらには2020年の東京五輪を目指すことになるだろうし、男子は2022年のW杯を目指すことになる。その時、北朝鮮はどういう状態になっているだろうか。純粋にサッカーの話だけというわけにはいかないところが、この国の悲しいところだ。

2017年12月 7日 (木)

平昌五輪、北朝鮮頼みが招く北朝鮮リスク

 1988年のソウル五輪では、ソ連の参加が大きな焦点になっていた。韓国と北朝鮮は長い間勢力を誇示する競争を繰り広げてきたが、韓国の経済成長が軌道に乗ってきた1980年代、南北の差は、はっきりし始めていた。

 そうした状況で、共産圏の盟主であるソ連がソウル五輪に参加することは、北朝鮮にとって決定的なダメージであった。金日成主席はゴルバチョフ書記長に、参加しないよう要請したが、拒否されたと言われる。ソウル五輪では、日本やアメリカはヒールであり、ソ連には、観客から声援が送られていた。

 ソ連が崩壊した後も、その中心であるロシアは、相変わらずスポーツ大国である。韓国でソウル五輪以来、30年ぶりに開催されるオリンピックである平昌五輪でロシアは、ドーピング問題により、国としての参加が禁止されることが決まった。

 ロシアが参加しないことは、それでなくても盛り上がらない平昌五輪に、また大きな難題を抱えたことを意味する。

 ドーピングで汚染された疑いのある選手が参加することは、大会の価値を下げることになる。その一方で、注目の選手が参加しないことも、大会の価値を下げることであり、平昌五輪は、ジレンマを抱えたまま、状況は厳しくなる一方だ。

 参加といえば、北朝鮮問題も大きい。北朝鮮は唯一自力で出場権を獲得したフィギュアスケートのペアで、出場の意思を示さないまま、期限が過ぎた。これにより北朝鮮は、フィギュアスケート・ペアの出場権を放棄したことになる。

 まだ特別枠での出場の可能性があるので、出場の可能性がなくなったわけではない。出場するにしても少人数の選手団になるだけに、逆にギリギリまで、態度表明を伸ばすことが可能だとも言える。

 そもそも北朝鮮は、出場の意思を十分に持っていたのではないか。4月には、平昌五輪の会場である江陵で開催された女子アイスホッケーの世界選手権、ディビジョン2・グループAの大会に、北朝鮮も参加している。同じ時期に平壌で開催された女子サッカーのアジアカップの予選に韓国も参加し、平壌に韓国の国歌が流れ、国旗が掲揚された。2013年に平壌で開催された重量挙げのアジアクラブ選手権で一度あるものの、これは極めて異例のことである。

 孤立を深める北朝鮮にとって、スポーツは軍事的な問題でなく、自国の存在をアピールできる数少ない機会である。金正恩体制になった後も、国防委員会所属でスポーツ担当機関である「国家体育指導委員会」を新設するなど、力を入れてきた。

 そうした中、5月に韓国では文在寅政権が誕生した。文政権は、北朝鮮に平昌五輪への参加と、一部種目の南北統一チームの結成などを呼び掛けた。

 文政権はもともと、北朝鮮に融和的な人たちの支持を受けて当選を果たしたものの、ミサイル発射や核実験などで、北朝鮮には厳しい態度を取らざるを得ない。平昌五輪は、北朝鮮に融和的な態度を示すことができる数少ない機会である。また北朝鮮の参加で、盛り上がりに欠ける平昌五輪の関心を高めることも期待されている。

 しかも、開幕まで2カ月余りとなった先月29日、北朝鮮がミサイルを発射した。オリンピック、パラリンピックが終わる318日までの間、北朝鮮が新たな挑発行為に出れば、緊張がますます高まるし、挑発がなければないで不気味な沈黙として、落ち着かない状況が続くに違いない。だからこそ、大会の安全な開催のために、北朝鮮の参加を求める声も大きい。

 国際社会で孤立を深めている北朝鮮にとって、平昌五輪は、歓迎されている数少ない機会であると同時に、最高のカードになっている。

 北朝鮮の権力者が何を考えているか、読めない部分はあるものの、平昌五輪そのものに対する妨害行為は、致命的な孤立を招くだけに行わないと思う。

 それでも、参加の可能性を残しながら、揺さぶることで、何かを得ようとする可能性は十分ある。北朝鮮の平昌五輪の参加をより切実に願っているのは、北朝鮮よりも韓国の方であるからだ。韓国は北朝鮮に足元をみられている状況だ。

 文在寅政権にとって、北朝鮮参加への思いが強いだけに、かえって平昌五輪開幕ギリギリまで、北朝鮮に揺さぶられるリスクを負いそうな感じがする。

 

 

2017年11月24日 (金)

宣銅烈コリアの成果と課題

 1116日から19日まで東京ドームで開催されたアジアプロ野球チャンピオンシップで韓国は、日本に選手層の違いをみせつけられ2位になったものの、10年近くほとんど動かなかった韓国野球の時計が、ようやく動き始めたことを感じさせた。

 野球の韓国代表は、2006年の第1回、2009年の第2回、そして今年の第4回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、ベテランの金寅植が監督を務めていた。金は選手としてはプロ経験がなく、1982年に始まる韓国のプロ野球において、指導者の第1世代である。そして、選手の第1世代である宣銅烈らがコーチとして金を補佐していた。

 今回は「野球国宝」と呼ばれ、韓国のプロ野球草創期の大スターで、中日でも活躍した宣銅烈が満を持して監督に就任し、現役を引退してからそれほど経っていない陳甲龍や、中日でもプレーした李鍾範ら、選手時代にWBCなどを経験した若手の指導者がコーチになり、コーチングスタッフが大幅に若返った。

 今回の大会規定は、24歳以下か、入団3年以内の選手となっている。これは韓国にとって、好都合であった。

 韓国はここ10年近く、代表チームの中心メンバーがほとんど変わらず、世代交代が遅れている。そうした中、来年はジャカルタでアジア大会が開催される。

 日本はアマチュアの選手を中心にメンバーを構成し、さほど重視していないが、韓国は優勝すれば、兵役が免除になるだけに、非常に重要な大会である。といって、兵役問題が解決していない若手だけで露骨にメンバーを組むと、批判を浴びる。そういった意味で今回は、若手が国際試合の経験を積み、実績を残す絶好の機会であった。

 今年も韓国のプロ野球は極端な打高投低であったが、投手陣で光ったのは、台湾を8回途中まで被安打3の無失点に抑えた林起映(KIA)だ。サイドから力のある球を投げる、ヤクルトでもプレーした林昌勇(KIA)らに通ずる、韓国のお家芸といった感じの投手だ。台湾が苦手とするタイプで、起用が見事に当たった。

 2012年のU18韓国代表のメンバーでもある張現植(NC)も、シーズンは9勝9敗、防御率5.29という成績ながら、初戦の日本戦で好投し、可能性を感じさせた。

 その一方で、今シーズン12勝を挙げ、エースとして決勝戦の日本戦に先発した朴世雄は、4回途中で降板。交代で登板した投手もことごとく結果を残せず、投手陣の層の薄さを露呈した。

 U18のW杯やアジア選手権をみていても、韓国の投手には上半身の強さに対して下半身が不安定で、ボールのリリースポイントが定まっていない投手が目につく。その傾向は、プロに入った後もさほど変わっていない。

 打者で光ったのは李政厚と金ハソン(いずれもネクセン)だ。今年、ルーキー最多安打を記録した李政厚は、今回コーチである李鍾範の息子。ボールをバットに載せる技術に優れ、台湾戦では、決勝の三塁打を放った。李は、昨年U18のアジア選手権に出場しており、打撃センスでは、韓国代表の中で抜きん出ていた。

 広島の薮田和樹から本塁打を放った金ハソンは、2013年のU18韓国代表。ネクセンの正遊撃手であった姜正浩がメジャーに進出したために空いた穴を見事に埋めて、今回の代表の中ではただ1人、今年のWBCにも出場している。

 今シーズン打率.3633位になった朴珉宇(NC)は、決勝戦こそ安打はなかったが、予選リーグの日本戦、台湾戦では2安打ずつ記録。1番打者らしく、投手に多くの球を投げさせる、相手にとって嫌なタイプの打者だった。

 この3人は目立っていたが、他の選手は物足りなかった。馴染みのない投手と対戦する国際試合は、そうそう打てるものではない。とはいえ、初戦の日本戦の10安打はともかく、台湾戦は4安打、決勝戦は3安打と、打てなさ過ぎた。シーズンとのギャップはあまりに大きい。

 今回選ばれた若手のメンバーから、どれだけ来年のアジア大会のメンバーに残れるか。今回結果を残せなかった選手は、来シーズンはよほど頑張らないと厳しいだろう。兵役は大きな問題であるだけに、2020年の東京五輪の前に、そこが韓国プロ野球に重要な課題となってくる。

2017年11月 2日 (木)

韓国人の聖火へのこだわり

 平昌五輪開幕100日前となった111日、聖火が韓国に上陸した。仁川国際空港に到着したチャーター便から降りる、フィギュアスケートの金メダリストであるキム・ヨナと、所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官が手にした聖火を、李洛淵国務総理が出迎えるという、超ⅤIP級の歓待ぶりだ。

 韓国女子フィギュアの有望選手であるユ・ヨンが、韓国内での最初の聖火ランナーになり、小平奈緒との金メダルをかけた対決が注目される女子スピードスケートのイ・サンファや有名芸能人らが初日の聖火ランナーになった。

 聖火リレーの距離は、2018年の開催にちなみ、2018キロ。聖火ランナーの数は、北朝鮮も含めた人口、約7500万人を象徴して、7500人と、韓国らしいこだわりである。

 韓国人は聖火に関心が高いので、大会の広報、雰囲気の盛り上げには一定の効果があるだろう。ただ、懸案の入場券の売り上げに効果があるかは、疑問である。

 オリンピックで聖火リレーが行われたのは、ナチス・ドイツの政権下で開催されたベルリン五輪であった。この大会に、日本選手団の役員として参加した李相佰は、聖火リレーに強い感銘を受けた。

 以前も取り上げたことがあるが、李相佰は戦前、早稲田大学に留学した韓国人で、早稲田大学ではバスケットボール部の主将や監督を務めた。英語が堪能で、アメリカのバスケットボールの最新の理論を日本に持ち込む一方で、日本バスケットボール協会の創設にも貢献した。バスケットボール協会創設後は、協会の常務理事とともに、大日本体育協会(現日本体育協会)の理事にもなり、ベルリン五輪には、本部役員として参加した。

 1940年に招致が決まった東京五輪では、組織委員会の競技部参与に就任。早稲田大学では津田左右吉に師事した歴史学者でもある李相佰は、ベルリンでの感動から、聖火をアテネからシルクロードを通る聖火リレーを計画していたという。1940年の聖火リレーは、戦争により幻に終わった。

 李相佰は解放前に祖国に戻り、解放後は、大日本体育協会の役員として培った人脈を基に、韓国のIOC(国際オリンピック委員会)加盟に尽力した、「韓国のクーベルタン」とも呼ばれる人物だ。

 聖火にこだわりを持つ李相佰は、韓国の国体である全国体育大会で、1955年から聖火リレーを行うようにした。採火の場所は、民族の始祖と呼ばれ、神話の存在である檀君が祭祀を行った場所とされる、仁川に隣接した江華島の摩尼山の山頂にある塹星壇で行い、それは今日でも続いている。さらにここ十数年の全国体育大会での聖火の最終点火は、オリンピックばりの派手なものになっている。

 聖火にこだわりが強い分、悲劇を含め、聖火にまつわる、様々なエピソードがある。

 1988年のソウル五輪では、最終点火者が3人と凝ったものになったが、点火の際、先に放たれていた鳩がまる焦げになったのは有名な話だ。

 民主化に向かいつつあったものの、まだ軍事政権の時代であったソウル五輪の聖火リレーでは、リレーのコースの周辺にあったバラックは強制的に壊された。そして住んでいた人は、古代人のように、穴を掘って暮らしたという。

 2002年に釜山で開催されたアジア大会では、参加各国に、それぞれの国で採火した火を持って来るように求めた。アジアの火を一つに集めるという趣旨だったが、独自に採火しなければならない参加国のオリンピック委員会には、不評だったようだ。

 2014年の仁川アジア大会では、火と水の調和ということで、聖火台が噴水の中央に火が灯る構造になっていたが、大会の途中で火が消えるハプニングがあった。

 しかも聖火の最終点火者の1人が、女優のイ・ヨンエであったことを問題視する人が多く、大会のプレスセンターで行われた閉会式の記者会見では記者からは、閉会式に関する質問はほとんど出ないで、開会式の聖火点火者がイ・ヨンエであったことに、質問や意見が集中したという話を、現場にいた記者から聞いた。

 果たして平昌五輪の聖火では、どのようなエピソードを残すだろうか。開会式会場の聖火台はカバーに覆われ、点火の方式などはベールに包まれている。

 ただ一つ推察できるのは、最終点火者は、キム・ヨナだろうということだ。韓国の冬季スポーツでは唯一と言っていいほどの世界的な知名度により、五輪招致に果たした役割、五輪広報での貢献などを考えれば、他の人物は考えにくい。もっとも、聖火には凝りたいお国柄だけに、思わぬ人物が登場するかもしれないが、それはそれで、ハプニングと言っていいのではないか。

 

2017年10月27日 (金)

日韓それぞれのドラフト会議

 今年もドラフト会議が終わった。注目の清宮幸太郎(早稲田実)は7球団の競合の末、日本ハムが交渉権を獲得した。

 清宮は、入学式から数日後の春季都大会3回戦の駒大高戦から、常に多くの観衆とメディアに囲まれながら試合をし、結果を出してきた。はっきり聞き取りやすい話し方で、ポイントを外さない受け答えなど、私も取材者の1人として、感心することが多かった。それにしも、高校の野球部生活は短いなと感じる。プロの世界での活躍を期待したい。

 ドラフト会議は、プロもアマチュアも、その成り行きを固唾を呑んで見守るという意味では、日本の野球、最大のイベントと言っていい。ドラフト会議の盛り上がりを支えているのは、プロ野球人気もさることながら、高校野球をはじめとするアマチュア野球への関心の高さだろう。これは、日本独特のものではないだろうか。

 韓国にもドラフト会議はあるが、日本のように注目されることはない。それ以外にも、制度面も含め、日本と異なる点も多い。

 制度面で一番異なるのは、各球団のフランチャイズ地域の高校の選手(出身者を含む)を1人、優先的に指名できる、地域縁故指名の制度があることだ。

 1982年に韓国にプロ野球が誕生したころ、高校野球の人気が非常に高かった。プロ野球は、全斗煥政権下、政府主導で始まったが、行政当局は、この高校野球人気を徹底的に利用することを考えた。それが地域縁故指名のもともとのはじまりであった。

 プロ野球が始まり、人気が高まるのと反比例して、高校野球人気はどんどん落ち込んでいった。韓国の高校野球部は、学校からの支援がほとんどなく、部員の親が、監督の給料をも賄っている状態で、慢性的に資金難である。そのためプロ野球の各球団は、地元の高校チームを支援している。現在の地域縁故制度は、その動機付けという側面がある。

 その分、韓国の高校野球では、プロの意向を無視できない。この夏、U18ワールドカップで韓国は日本を破り準優勝した。これは、優勝した2008年の大会以来の好成績である。その要因となったのが、ドラフト会議の日程変更であった。

 地域縁故指名は6月に行われたが、全体のドラフト会議は、例年なら8月半ばだが、今年はU18の大会が終わった直後の911日に行われた。そのため選手たちは、少しでも上位で指名されるよう、プレーにも力が入った。

 しかも、昨年までのようにドラフト会議の後だと、プロ球団の中には、指名した選手が故障するのを恐れて、選手起用にも干渉することがあったようだ。そうしたしがらみがないことも、好成績の要因とも言われている。

 また、野球に限らず、バスケットボールなどでもそうだが、韓国のドラフト会議で、最も違和感があるのは、プロ志望届を出した人は、原則としてドラフト会議の会場に来ることになっていることだ。今年のドラフトでも、多くの選手が、学校のユニホームを着て参席していた。そして、指名された選手は、指名球団のユニホームを着て、記念写真に応じる。

 しかしドラフト指名は、あくまでも交渉権獲得であって、入団が決まったわけではない。そのうえ、指名されなかった選手は、寂しくさらし者になる。

 日本のプロ野球は、ごく限られた、特別な選手がいくところというイメージがある。それに対して韓国では、高校のチーム数は74であるのに対し、各球団は、地域縁故指名の1人を加え、11人、10球団なので、計110人が指名される。高校の野球部員は、プロに行くことを前提にしている。そのうえメディアも、指名が予想される選手のいる学校の記者を派遣するなど、面倒なことはしない。そこで選手の方を呼んでいるわけだが、選手の側の立場の弱さを感じる。

 なお、ドラフト指名の選手の数が多いのは、韓国には兵役制度があることも影響している。

 プロの世界は入ってからの競争がさらに激しい。上位、下位問わず、日韓それぞれのドラフト指名選手から、球界を盛り上げるスター選手が育ってほしいものだ。

2017年10月22日 (日)

今年も極端な打高投低の韓国プロ野球

 日本シリーズ進出をかけたクライマックスシリーズもいよいよ大詰めだが、1リーグ制の韓国では、25日から始まる韓国シリーズに、シーズン1位のKIAと、プレーオフなどを勝ち抜いた斗山が対戦することが決まった。

 韓国ではまず、シーズン4位のNCと5位のSKが2戦先勝(4位に1勝のアドバンテージ)のワイルドカード決定戦が行われ、勝ったNCとシーズン3位のロッテが3戦先勝の準プレーオフを、その勝者・NCとシーズン2位の斗山で3戦先勝のプレーオフが行われ、31敗で斗山が勝ち、韓国シリーズに進出することになった。

 ワイルドカード決定戦から韓国シリーズにかけての、いわゆるポストシーズンが、韓国のプロ野球が最も盛り上がる時期ではあるが、試合の内容をみると、準プレーオフに1-0という試合があるものの、ほかはあきれるばかりの乱打戦ばかりだ。

 プレーオフ第1戦は13-5でNC,第2戦は17-7で斗山、第3戦は14-3で斗山、第4戦は14―5で斗山といったように、勝利チームはいずれも二桁得点、両チームの得点の合計も20点前後というラグビースコアだ。第2戦では、両翼100メートル、センター125メートルと広いソウルの蚕室野球場で、本塁打が8本も飛び出した。韓国シリーズ進出が決まった第4戦では、斗山の呉在一が本塁打4本を記録したのをはじめ、6本の本塁打が飛び出した。

 以前にも書いたが、韓国のプロ野球は今、極端な打高投低である。今シーズン、打率3割を超える打者は、打率.370でトップの金善彬(KIA)の.をはじめとして33人。セ・リーグの7人、パ・リーグの2人と比べると、あまりに対照的だ。

 その半面防御率では、トップのフェアバンド(kt)が3.04で、2位の張元準(斗山)が3.14。シーズン前、DeNA入りの報道もあった梁玹種(KIA)は、206敗という成績で、KIAのシーズン1位に貢献したが、防御率は3.44と、決していい数字ではない。

 ちなみにセ・リーグでは菅野智之(巨人)の1.59のほか、2点台が5人、パ・リーグでは菊池雄星(西武)1.97のほか、2点台が4人いる。日本と韓国では、試合における1点の重みが異なり、韓国ではどうしても、空中戦頼みの大味な野球になりがちだ。

 原因としては、これまでも指摘してきたように、若手投手が育たないという現実、ストライクゾーンの広さ、監督の志向など、いろいろ考えられる。それに、徹底したパワーアップがある。

 韓国の野球選手は、下半身の強化よりも、上体の筋力アップにウエートを置きがちだ。それは、ユニホームを着た状態でも、十分に推測できるほどはっきりしている。

 こうした韓国の状況をみていて気になるのは、日本の高校野球である。近年高校の強豪校は、たくさん食べて、ウエートトレーニングを多くこなし、筋力アップを重視している。その結果、この夏の甲子園大会では、大会記録となる68本もの本塁打が飛び出し、大量点の試合も多かった。

 昨年の夏は好投手が多かったので、今年の夏は極端な現象なのかもしれない。それでも、強豪校におけるパワー重視の傾向には変わりはない。

 サッカー、バレーボールなど、多くの球技で議論になるのが、日本人も韓国人も体が大きくなったとはいえ欧米人にはかなわない。そこで、技術、戦術、チームの連携、コンビネーションなどで、対抗するのか、それとも、こちらもパワーアップして対抗すべきなのかということである。

 おそらくその両方が正解であり、その中でどうバランスをとるかが監督の手腕ということになる。ただし、野球も国際化が進む中、日本や韓国の野球がアメリカなど、世界のパワー野球に対抗するには、1点を大事にする緻密さも必要である。

 28日から始まる日本シリーズはもちろん、25日から始まる韓国シリーズでも、1点を巡る息詰まる攻防を期待したい。

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